リネリアの出撃

 スウィフトリアはとある企業を訪れている際に呼び出しを受けた。
呼び出したのはルザモンド・サイード、現在のフィリオールである。
呼び出されても現在行っている会議を打ち切る訳にはいかない。
そういつもいつも都合良く顔を出せる訳ではないのである。
結局、小一時間程してから例のホテルに戻り、水晶球、ペレグリンを取り出した。
まだマリアとアレクサンドルも来ていなかった。
それから30分程して、何とかアーン人の頭領全員が顔を揃えた。
「何事じゃ、ルザモンド?」
マリオンの言葉から会議は始まった。
「忌々しき事態だ。報告すべき事は2つ。先ず初めに、ヨークシャーで襲撃した際に居た、例の男の件だ」
「何か分かったのかね?」
「CIAの超機密事項の1つに、エティラと言われる薬があることが判明した」
「エティラ?」
「この薬を開発しているのは、ゴルドと言う生物学者で、恐らくラングレーの中で研究していると思われる。 それで、この薬なんだが、服用すると遺伝子レベルで人間の細胞を強化する、との事だ。個人差があるが、 身体能力が飛躍的に向上するらしい」
「すると例の男は・・」
「そう、このエティラを服用していたのだ。彼らの間では強化兵と呼ばれているらしい」
「強化兵・・」
「とんでもない物を造り上げたものね」
「全くだな」
「それだけではない。例の男にはもう1つ、疑問点があった。どうもあの男はサットンと言う名前らしいが、 生粋のアメリカ人では無い。出身地はブラジル、そしてアメリカに来て帰化したらしい。それでブラジル時 代の事を調べてみたんだが、どうも妙なんだ」
「妙?と言うと?」
「造られた記録である可能性が高い。存在しない学校や住所が出てくる。どうもこの男はただのCIA局員で は無いようだ。南米時代の事をもっと詳しく調べなければならない」
「となると、私が調べた方が良いわね」
「そうだな、マリア、頼もう。資料は後で送る」
「分かったわ」
「これが1つ目だ。次にアメリカの動き何だが、どうも奴らは例の小娘を捕捉する積りらしい」
「例の娘は今どうしているのじゃ?」
「スイスから飛行船でロードス島へ向けて移動中だ」
「ロードス島?」
「何故そんな所へ?」
「ひょっとすると・・」
「何だね、アレクサンドル?」
「いや、私の思いつきに過ぎないかもしれないが、もしかしたら例の娘はミラの空間石を求めているのかも・・」
「私もそう思う」
「ミラの空間石だと?」
「既に例の娘はCIAと我々から追われている事に気がついている。逃げようとしても逃げ切れないのは百も 承知だろう。となると、対抗する為の手段を考える事になる。もし例の娘がミラの空間石を手に入れれば・・」
「なる程。もし例の娘が真実カリエルの子孫であるならば、ミラの空間石の使用方法も知っていよう。もし そうなったら、我々でさえ手が出せなくなる」
「だがその前に例の娘はアメリカの手に落ちる。奴らが持ち出してきたのはとんでもない代物だ」
「一体何なんだ、そのとんでもない代物って言うのは?」
「簡単に言えば、空母とでも言えば良いのか。空中を移動する、超巨大要塞だ。それでもって、例の娘の乗っ ている飛行船を捕捉する積りらしい。確実に成功するだろう、船足が違い過ぎる」
「その超巨大要塞と言うのはもう発進しているのかね?」
「そこまでは分からない、命令は既に出ていると思うが」
「その要塞の戦力は?」
「800mm の3連主砲が3基、24mm2連機関銃が48基、その他各種ミサイル。F15イーグルを12機、そして攻撃用 ヘリアパッチを1機搭載している」
「とんでもない火力だな」
「正に空飛ぶ要塞だ」
「船の名前はゴルドナ。どうもエディンバラに収容されていたようだが、現在どうなっているかは・・」
「それは私が調べよう。だがそうなると、こちらも動き出さなくてはならなくなる」
「そうなんだ、ゴルドナは最高でマッハ2で移動できる。とても例の娘の飛行船では逃げ切れない」
「奴らが捕捉する前に、例の娘をこちらで保護しないと」
「マリアの言う通りじゃ。スウィフトリア、ここはお主の出番じゃな」
「分かった、だが事態がそこまで進行していると、とてもじゃないが通常の手段では工作は成功すまい。ここは飛行許可を求めたい」
「うーむ、確かにその必要はあるな」
「とても通常の戦闘機でも歯が立つ相手ではなさそうだしな」
「よろしい、飛行を許可しよう」
「それなら何とかなるかもしれん。全力を尽くしてみよう」
「頼んだぞ、全てはリネリアの奮闘にかかっている」
「幸運を祈っているわ」
「ありがとう」
 アーン人の頭領達は、1人1人消えていった。全員が消えると、スウィフトリアはペレグリンをしまい、
「ルカ!」
呼ばれて、ルカが入ってきた。
「現在即座に集合できるリネリアは何名居る?」
「はぁ、約500名程でしょうか・・」
「では全員即座に集合するように命令を伝えろ。集合場所はパリ上空2000m、私の気を目標にせよと。今回の工作では飛行を許可する」
「飛行を許可するですって!」
「そうだ、時間が無い。既にアメリカが動き出しているのだ。そうそう、イギリスの連中に、巨大な空飛ぶ 要塞を見なかったか、見た場合はそれに関する情報を持って来るように言え」
「空飛ぶ要塞、ですか?」
「そうだ、アメリカが作り上げた化物だそうだ。おぅもう1つ。前回お前と戦った奴の正体が分かったぞ。 何でもエティラとか言う薬品で強化された、強化兵と呼ばれている特殊な兵士のようだ」
「強化兵、ですか」
「では急げルカ、命令を直ちに伝えろ。私は一足先に行って待っている」
「分かりました!」
ルカは敬礼して出て行った。
ルカが出て行くと、スウィフトリアはペレグリンを袋に入れ、その袋を腰にしっかりと結わえ付けた。
準備が整うと、ホテルの屋上に向かった。
外は曇っており、薄い雲がかかっていた。スウィフトリアは気を集中すると、一直線に空を飛び上がった。
矢の様な速さであった。
目撃した人には稲妻に見えたかもしれない。

 雲海を貫き、高度2000mに達したスウィフトリアは、周りを見渡した。
上方には宇宙まで繋がる紺碧の空がある。
そして眼下には水平線まで続く果てしない雲海がある。
そして全てを照らし出す、日没直前の橙色の太陽。
「綺麗だ・・」
素直にスウィフトリアは思った。
この果てしなく続く雲海の向こうには、自分がまだ行った事の無い未知の世界が広がっている。
この雲海の上を思う様飛び続けたい。
その衝動がこみ上げてくるのを、彼は抑える事は出来なかった。
だが事態は切迫している。
この雲海の遥か彼方には、カリエルの子孫が何も知らずにロードス島を目指している。
そしてそれを捕捉するべく、アメリカは超巨大要塞を持ち出してきたのだ。
なんとしてもカリエルの子孫を救い出さなければならない。

 30分程もすると、およそ500名程のリネリアがスウィフトリアの周りに集まってきた。
全員異様な緊張感に包まれている。
それもそのはず、この様な緊急召集は初めてだったし、ましてや飛行許可が出たとなるとただ事ではない。
スウィフトリアは1人の男に向かって話し掛けた。
「ロドリゴ、例の要塞の件はどうだった?」
「はい、おそらく4時間ほど前にドーバー海峡を渡ったものと思われます。イギリスも生憎の天候で、目 撃談が取れませんでした。CIAの内部情報から推察するより他ありませんでした」
「分かった、仕方あるまい、急な話だからな」
ここでスウィフトリアは全員に向かい、
「良いか!今カリエルの子孫はスイスから飛行船でロードス島へ向かっているらしい。これをアメリカが 捕捉せんと超巨大要塞を繰り出してきた。このままでは間違いなくカリエルの子孫はアメリカの手に落ち てしまう。それだけは何としても阻止せねばならん。相手の巨大要塞は凄まじい火力を持っている。非常 に困難な任務だが、何としても成功させねばならない!諸君の健闘を祈る!」
「オォー!」
リネリア達は一斉に手を上げて応えた。
スウィフトリアはそれを見て満足そうに頷くと、
「では行くぞ!」
叫ぶと、南西目掛けて矢の様に飛び始めた。
リネリア達は一斉に続いた。
だがこの時既にゴルドナは地中海沿岸にまで達していたのである。