空飛ぶ要塞

 エディンバラの郊外には、広大な草原が広がっている。
その草原の、とある一角に、研究施設の様な建物が建てられていた。
周囲を頑丈な壁で覆われたこの建物の正門に行けば、「エディンバラ航空力学研究所」と書いてあるプレートが発見できる。
そそり立つ鉄門を抜けて、中庭を進むと建物の内部に入ることが出来る。
内部には幾つもの研究室があり、白衣をまとった研究員が様々な機械と取っ組み合っているのが分かる。
3階建てのこの建物は、一見極普通の研究所である。

 しかし、地下へ進むと様相が一変する。
地下へ行けるのは限られた人間のみである。
最も、ここで働いている人間も限られた者のみである。
すなわち、ここはアメリカの施設であり、ここで研究に従事しているのは、全てアメリカ人なのである。
そしてその中でも限られた人間のみが入ることを許可される地下。
そこは巨大なドッグになっていた。
沢山の照明が真昼のように辺りを照らし、幾つもの換気扇が常に換気を行っているこの広大なドッグには、ある物が静かにたたずんでいた。

 全長約2km。
直径は最大で約200mになる、葉巻型の巨大な船。
上昇用ジェット8基、推進用ジェットは巨大な物で同じく8基、その他姿勢制御用の各種ジェットが各所に装備されている。
800mmの3連主砲が3基、24mm2連機関銃が48基、その他各種ミサイルが装備されている。
搭載されているのはF15イーグルが12機。
そして攻撃用ヘリアパッチが1機。
この壮絶な武力を誇る巨大な船につけられた名前はゴルドナ。
その戦闘力、威容、正に大空を飛ぶ要塞である。
 この超巨大要塞ゴルドナの艦長、ジャック・トッドは呼び出しを受けて受話器を取った。 「はい、こちらジャック・トッドです」
「トッド艦長。私はCIA長官、メリンゲだ。確か初めてだったね」
「これはメリンゲ局長。初めまして。それでどの様なご用件でしょう?」
「その前に防諜回線に切り替えてくれたまえ」
「分かりました」
トッド艦長はすぐさま回線を切り替えた。
「どうぞ」
「実は君の力を借りる事になった、ウィットン国防長官の了解は得てある」
「私の力を借りる、と言いますと?」
「これは極秘事項だ。他言無用であるから、その辺を心得ておいてくれたまえ」
「分かりました」
「実は、我々は現在アーン人と呼ばれる人種の子孫を追っている。このアーン人と言うのは今か ら約1万年前に栄えた文明だ。ところがそのアーン人が何かとてつもない兵器らしき物を造り出し たかもしれない、と言う研究結果が出た。これが真実であれば、我々の文明にとって脅威となる。 早急に発見し、我々の管理下に置かねばならん」
「それはその通りでしょう」
「ところがだ。そのアーン人の子孫を一度は捕まえたのだが、ヨークシャーで謎の襲撃者に襲わ れ、取り逃がしてしまったのだ。我々としては、この襲撃者もアーン人の子孫ではないかと睨ん でいる」
「それで?」
「うむ、逃げ出したアーン人の子孫が飛行船でロードス島に向かっているとの情報が入ったのだ。 我々としては今度こそこのアーン人の子孫を捕まえねばならん。だがしかしだ。再びアーン人に 襲撃される可能性が無いとは言い切れない。そこで君の出番だ」
「長官、まさか・・」
「そう、君のゴルドナで飛行船を補足してもらいたい」
「冗談ではありませんよね?」
「私はこういう状況下では、冗談を言う性格ではない」
「正気ですか、長官!イギリスが黙っていませんよ、いいえ、EUすら敵に回してしまうかもしれ ません。本当にゴルドナを動かす気なのですか!」
「他に手は無いのだよ、トッド艦長。この事はジョンソン大統領も了解されている」
「大統領が・・」
「そうだ。今までは決して使う事は無いだろうと思っていたが、終にその時が来たと言う事だ。 トッド艦長、君にしてみれば喜ばしい事ではないかね?」
「それはそうですが」
「嫌も応も無い、これは大統領命令に等しいのだ。ゴルドナを動かす」
「り、了解しました」
トッド艦長の胸中は複雑であった。
今まで他国に秘されてきたこの究極の空飛ぶ要塞、空母ゴルドナを終に白日の下にさらしてしまう、と言う不安。
一方で終に自分の出番が来たという歓喜。
「ゴルドナの出航準備はどの位かかるかね?」
「常に整備はしてあります、目的地がロードス島であれば、半日もあれば」
「よろしい。更に付け加えておく事が2つある。先ほど言ったヨークシャーの件だが、襲撃者達 は素手で鉄板をぶち抜く化物だそうだ」
「素手で鉄板をぶち抜くですと?」
「左様、そんな化物相手には、幾ら君の部下が優秀でも歯が立つまい。そこでこちらから援軍を 送った。もう後6時間程もすれば着くだろう。全部で50名、彼らを収容してくれたまえ。それが第1点」
「もう1点は?」
「実はこの件に関しては、既にダレン海少佐や我がCIAの局員、サットン君等が絡んでいる。彼 らを途中で収容してくれたまえ。本件に関して非常に重要な情報を持っている」
「委細承知しました」
「では頼んだよ、トッド船長。君の健闘を祈る」

 メリンゲからの回線は切れた。
トッドは直ちに出航準備に取り掛かるよう命令を出した。
部下達には動揺が走った。
トッドが初め感じたのと同じ不安を、彼らも感じたのである。
だがやはり出番が来た、と言う歓喜の方が強かったらしい。
彼らはいそいそと仕度を始めた。
沢山の食料、軍需物資等が次々と積み込まれ、搭載されている戦闘機などの整備も再度行われた。
各種計器類の点検、外装の傷のチェック等、出航準備は突貫で行われた。

 そして数時間後。メリンゲの言った援軍が到着した。
「ようこそ、ゴルドナへ。私が艦長のジャック・トッドです」
「CIA局員、フェルナンド・ガイルであります。お世話になります」
トッド艦長とガイルは互いに敬礼して挨拶した。
そして更に数時間後。終に出航準備は整った。
「良いか!本艦の今回の任務は、ある飛行船の捕捉である。その飛行船はスイスからロードス島 へ向かっている。これをロードス島に着く前に捕捉するのだ。途中で味方の要員を収容する為、 一旦イタリア上空に出、その後進路を東にとって一路ロードス島を目指す。本任務の成功は諸君 の双肩にかかっている。諸君の健闘を祈る!」
「イェッサー!」
乗組員達は一斉に敬礼した。
「乗船!」
乗組員達は一列に並んでタラップから乗り込み始めた。
ゴルドナの各所に接続されていたパイプが次々と外された。
最後に燃料を入れていた巨大なパイプが外され、全員乗り込んで出航準備は完全に整った。
「ゲートを開けろ!」
トッドの命令で、ドッグが振動を始めた。
やがてドッグの天井がずれ始め、今正に沈まんとする太陽の残光を留めた空が見え始めた。
約10分で天井は完全に開いた。
広大な草原の一角が長方形に切り取られているのが上空から見える。
「発進!」
トッドの命令で、操縦手がレバーを降ろした。
上昇用のジェットに火が入り、ゴルドナは地響きを立ててその巨体を空中に浮上させ始めた。
「上昇用ジェット出力良好」
「現在高度2500m」
「核融合炉温度異常無し」
「現在風速45m、北北西」
オペレーター達が一斉に仕事を始めた。高度5000mに達した所で、
「進路を南西へ!」
トッドの命令でゴルドナは方向を定めると、推進用ジェットを全開にして水平飛行を始めた。
アメリカが誇る超巨大要塞が動き始めたのである。