強化兵

 ラングレーに戻ったメリンゲは、その足で地下室へ向かうエレベーターへと乗り込んだ。
最深階へのボタンを押すと、エレベーターは動き出した。
最深階へ到着し、扉が開くと、目の前に大きな両開きの扉があった。
その右隣に、網膜確認機がある。
メリンゲは確認機の前に顔を突き出した。
光が当てられ、電子的な声で
「網膜パターン確認。メリンゲ長官。通行許可」
と聞こえると、両開きの扉が重々しく開いた。
その先は青い蛍光灯に照らされた、鉄板壁に囲まれた通路になっており、床に「超機密研究室」と矢印が描かれている。
メリンゲは通路を進むと、また両開きの扉に出くわした。
今度は右隣に静脈確認機が設置されている。
メリンゲは確認機に右手をかざした。 再び電子的な声で
「静脈パターン確認。メリンゲ長官。通行許可」
と聞こえると、両開きの扉が重々しく開いた。
その先は橙色の蛍光灯に照らされた、
鉄板壁に囲まれた通路になっており、そしてその先には扉があった。
上に「研究室入口」と書かれている。
メリンゲは扉を開いて中に入った。中は巨大な部屋になっていた。
沢山の白衣をまとった研究員たちが忙しく壁に設置されたコンピューターやらその他の機械やらに取り組んでいる。
正面と左右の壁には、大きなガラス窓が幾つかある。
そこから中を覗くと、異常な光景が広がっていた。

 この部屋の外は巨大な訓練施設になっているようだった。
幾つものトレーニング機器、ランニングの為のコースや攀じ登るための壁やロープ等があり、大勢の兵士と思われる男達が訓練に励んでいた。
一見すると極普通の光景のように見えるが、よく見ると直ぐ異常に気づく。

 先ずベンチプレスでバーベルを上げている男がいる。
そのバーベルの両端につけられた、錘の大きさが尋常ではない。
良く見ると500kgと刻まれているのが分かるだろう。
次にランニングを行っている男達は皆一様に重装備をまとっていた。
体全体に錘をつけた、特殊な服をまとって運動を行っている。
この服が合計800kgもあるのである。
更に別の所では、鉄板を手刀で引き裂いていたりする。
ここで訓練を行っている男達は、全員異常な身体能力の持ち主であった。

 しばらく訓練の模様を眺めていたメリンゲの前に、1人の白衣に身を包んだ老人が現れた。
「これはこれは、メリンゲ長官。よくぞいらっしゃいました」
「エティラの開発の方は順調な様だな、ゴルド博士」
「はい、最早完全に実用段階に入ったと言ってよろしいでしょう。どうぞこちらに」
ゴルド博士はメリンゲを1つの顕微鏡の前に導いた。
「どうぞ覗いて見て下さい」
言われるままにメリンゲは顕微鏡を覗き込んだ。
人間の細胞が見える。
「これは普通の成人男子の細胞です。これにエティラを加えてやります」
ゴルド博士はスポイトで顕微鏡に乗っているビーカーの中に、ある液体を加えた。
すると、メリンゲの見ている細胞に変化が起こり始めた。
細胞の核が活発に伸縮をはじめ、細胞膜が段々厚くなってきている。
しばらくすると、細胞の核は初めの1.5倍の大きさになり、細胞膜は3倍の厚さになっていた。
「これがエティラかね?」
「はい、左様で。このエティラにより通常の男子と比較し、強化兵達は約5倍の筋力と7倍の硬さを持つ皮膚、骨格を持つことになります」
「素晴らしい。良くやってくれた、ゴルド博士」
「全てはメリンゲ長官の後ろ盾あっての事です。我々一同、大いに感謝しております。外をご覧下さい」
メリンゲは先程の窓から再び外を見やった。
「あのトレーニング施設の中は、通常の約半分しか酸素がありません。それでも彼らはその状態で普通 の成人男子を大きく上回る能力を発揮しております」
「素晴らしい、正に奇跡としか言い様が無い。我々は超人を誕生させたのだ!」
「その通りです、彼らは正に超人です。素手で鉄板を引き裂き、一飛びで3階の部屋に辿り着ける。オリ ンピックに出れば、金メダル独占ですな」
「実に良くやってくれた。現在何名の強化兵が居るかね?」
「既に500名程、製造が完了しております。現在更に300名ほど訓練中であります」
「上出来た、ゴルド博士。今回彼らに出動してもらう事になる」
「と言いますと?」
「うむ、実はアーン人の娘が飛行船に乗って逃走中なのだ。我々はそれを追跡し、捕獲する予定だが、 その際にアーン人達が邪魔をする可能性がある。ヨークシャーの事件は知っているだろう?」
「はい、それはもちろん。サットンは期待通りに働いてくれました様で」
「その通りだ。だが1人だけだった為に敗北してしまった。今度は50名を投入する。前回のような事が あっても、今度は撃退してやる。失敗は最早許されんからな。」
「それは重々承知しております」
「ではゴルド博士、早速50名を選抜してくれたまえ、彼らは今日中にエディンバラに出発させる」
「分かりました」
「時にゴルド博士、アンテラの方はどうなっているかね?」
「そちらに関しましては未だ研究中です。性能だけは達成できましたが・・」
「何か問題があるのかね?」
「はい、実際にご覧頂く方がよろしいかと。こちらへどうぞ」
ゴルド博士はメリンゲをとある一角に連れて行った。白衣を着た助手が、籠の中にマウスを用意して待っていた。
「やってくれ」
ゴルド博士が言うと、助手は注射器で赤い液体をマウスに注入した。
直ぐに変化が起こり始めた。
マウスは痙攣を始め、やがて体が全体的に一回り大きくなった。
そして凄まじい勢いで檻の中を駆け回り始めた。
檻に激突すると、檻の方がひしゃげてしまった。
だがしばらくすると、動きが止まった。
そして
「ピギィー!」
絶叫を上げると、爆発してしまったのである。
檻の中にはマウスの肉片と血が飛び散った。
メリンゲは仰天して尋ねた。
「どう言う事かね、ゴルド博士?」
「薬の副作用です。余りにも細胞におきる変化が大きすぎるので、細胞がその変化に耐え切れずに爆発してしまうのです」
「うーむ、これでは実用化はできんな」
「はい、現在この副作用を何とか抑える事が出来ないか、研究中なのですが、何分遺伝子レベルの話ですので、なかなか難しいのです」
「困ったものだな。ヨークシャーで出現したアーン人どもは何とかエティラで対抗できそうだが、それ よりも強いアーン人が居ないとは限らない。特に6人の守護者と3人の王者と言うのが気にかかる。何と してもアンテラの実用化は行ってもらいたい」
「それはもう、全力を尽くします」
「うむ、頼む。予算が足りなければ、遠慮なく言いたまえ、必要なだけ回す」
「ありがとう御座います」
「ではよろしく頼んだぞ、ゴルド博士」
言うと、メリンゲは研究室を出て行った。
メリンゲが出て行くと、ゴルド博士は早速成績優秀な者を50名、選りすぐってメリンゲに報告した。
彼らは完全武装し、その日の内にラングレーから発進した特別輸送機でエディンバラへ輸送されたのである。