ジャクソンの追跡

「ここが襲撃現場か」
黒い革のコートに身を包んだジャクソンがつぶやいた。
付近は霧が立ち込めており、気温が非常に低い為、吐く息が白く見える。
差すような寒気を顔に感じつつ、ジャクソンは霧の中に消えてゆく線路に視線をやった。
「襲撃者が使ったと言うグライダーは回収してあるのだな」
「はっ、襲撃された車両共々保管してあります」
「ふむ」
ジャクソンは周りを見回した。
辺りは森林になっており、襲撃者が身を隠すのは容易であった事が推察される。
「ここにはもう。見るべきものは何も無い。車両とグライダーを見たい。やってくれ」
ジャクソンは黒服と共にヘリコプターに乗り込むと、一路エディンバラを目指した。
CIAの拠点の1つがそこにある。
襲撃された車両と、メリッサとエレを載せたジェット機を積んだ車両、そして襲撃者が使 用していたグライダーは全てそこの地下倉庫に保管されていた。

 雲の中を塗ってエディンバラ郊外に着くと、そこから黒いベンツに乗り換えて拠点に向かった。
ものの数分で拠点についた。
表向きは貿易会社のビルになっている。
ジャクソンは正面から入ると、エレベーターに乗り込み、鍵のかかった小さな扉を開けて、中にある地下室へのボタンを押した。
地下室に着くと、そこは巨大な倉庫になっており、巨大な照明によって昼間のような明るさが保たれていた。
沢山の人間が既に車両とグライダーに張り付いて調査を始めている。
「これが例のグライダーか」
ジャクソンは先ずグライダーに取り掛かった。
中央にジェットが着いており、そこから左右に羽が着いていた。
「指紋は?」
「ありません」
「製造元は確認できているのか?」
「はい、かなり特殊な物なので、直ぐに確認できました」
「では購入者は容易に特定できるな」
「それがペーパーカンパニーでした」
「何だと?」
「製造元から、購入者の住所を聞き出せたんですが、存在しない住所だったんです」
「なる程。となると、襲撃者は相当強大な組織と言う事になるな」
「その様です」
 ジャクソンはグライダーを床に置くと、今度は襲撃された車両の方に向かった。
「何だこれは!」
ジャクソンが見たのは鉄板が無造作に引きちぎられたような後だった。
穴が空いている箇所もある。
それも綺麗な穴ではなく、何かとてつもない力でぶち抜いたような跡だった。
「敵は人間か?」
ジャクソンは自分が見ている目の前の現実を受け入れる事がなかなか出来なかった。
正常な人間であれば、当たり前の反応である。
「うーむ」
唸るより他無かった。
襲撃者はとてつもない身体能力の持ち主である事は容易に推察された。
この化物どもが相手であれば、いかにCIAの精鋭部隊と言えども到底歯が立つものではない。
しかしジャクソンにはどうしても理解できない事があった。
どうして襲撃者達はCIAの要員を殺害しなかったのだろうか?
全員当身で気絶させられただけである(何人かは骨折などの怪我を負いはしたが)。
これ程の力を持っているのであれば、殺した方が簡単である。
と言うか、普通であれば殺す。
活かしておけば目撃談等の証拠が残ってしまうし、ひょっとすると途中で息を吹き返して不意をつくかもしれないからである。
襲撃者達は証拠を残さないと言う絶対的な自信があったのだろうか?
CIAの精鋭を相手にしても、何の証拠も残さずに目的を達成する事を確信していたのだろうか?

 もう1つ、ジャクソンには気になる事があった。
それはサットンの証言である。
マシューズから資料を貰った際、サットンだけは相手の事を克明に記憶していた。
他の殆どの要員は相手の姿を見る間も無くやられてしまっているのにである。
「優秀な要員である、という事かな?」
「はい?」
「いや、何でもない」
 ジャクソンは車両を調べているとある男に近づくと、無駄とは知りながら
「指紋はあったかね?」
「うちらの物はありますがね、奴らのやつは無さそうです。どうにも優秀なやつらみたいですな」
「その様だな、うちの精鋭が歯が立たなかったんだからな」
 手懸りは無くなってしまった。
車両からも、遺留品は発見できまい。
だが、なんとかしてジャクソンは襲撃者達の正体を暴かなくてはいけない。
ジャクソンはしばらくうつむいて考えていた。
そして、何かひらめいた顔ををして、再びグライダーの所へ行った。
「このグライダーだが、製造元はどの様にして購入者へ納入したのかね?」
「それが購入者が取りに来たそうです」
「となると、その時に購入者の顔は見ているな」
「それがサングラスをしていたそうで」
「では車だ。車のナンバーは?」
「流石にそこまでは見ていなかったそうです」
「だが、車で来た事は確かなのだな。となれば痕跡があるはずだ。製造元の会社を徹底的に調査するの だ。駐車場、正門、車が通ったと思しき所を全てだ。痕跡を発見するのだ。そしてその車の後を追う。 現段階ではそれ以外に手段はあるまい」
「わかりました。直ちに調査を開始します」
「頼む。連中が過激派との情報があったとでも言えば、協力してくれるだろう」

 ジャクソンは言うと、地下室を後にしてエレベーターに乗り込んだ。
今取れる手段はそれしかない。
ジャクソンは確信を持っていた。
次に、サットンの事に頭がいった。
やはりどうしても納得がいかないのである。
相手は鉄板さえぶち抜く超人達である。
いくらサットンが優秀とは言え、超人相手に少しでも渡り合ったと言うのはただ事では済まされない。
何か、サットンには秘密が隠されているのだろうか。
CIAでも中枢の方に位置する自分でさえ知らされていない秘密が。
「もしくは」
余り考えたくない事だが、他の機関の2重スパイと言う事も考えられなくはない。
だがそれなら、こんな怪しまれるような証言はするまい。
「やはり何かあるな」
ジャクソンはエレベーターを降りると、自分にあてがわれた事務室に向かった。
長旅の後で疲れていた。
彼には少し休息が必要であった。
だが休む前に、メリンゲに宛てて報告書を書かなければならない。
現在の絶望的な状況を考えながら、それでもジャクソンは自分用のPCの電源を入れた。