モッドの飛行船

 ピーター達の旅は至極賑やかで快適なものだった。
実際にはCIAとスウィフトリア達に追跡されているだが、全く気がついていないので全員陽気である。
特に後部座席の女性陣はお喋りが止まらなかった。
いつの間にやら、ナスカヤはエレのお姉さんという感じになっていた。
ナスカヤの方は可愛い妹が出来た様でまんざらでも無さそうだったし、エレはエレですっかりナスカヤに懐いていた。
前座席の男性陣もアーサーがピーターの兄貴分になっていた。
アーサーは普段は口数が少ない方なのだが、ピーターに色々と自分がしてきた旅について語っていた。
アーサーはこれから向かうモッドの工場にも何度か行った事があり、そして飛行機や飛行船にも乗った事があるのだ。
これらの体験談は、ピーターの興味を惹いた。
しかし、ピーターはこれからそれに乗ると思うと気が重くなるのを止める事が出来なかった。
後でエレに爆笑されたが、ピーターは高所恐怖症なのである。

 なだらかな草原の中の道をひたすら南下していく。
エレは車の窓を開けて涼しい風を車内に取り入れた。
やがて草原が尽きる果ての所に、巨大な工場群が見えてきた。
モッドの工場である。
モッドはここで幾つもの飛行機や飛行船を製造していた。
アーサーは正面の門から入って行くと、喧騒の中を事務所に向かって車を走らせた。
やがて左手にトタン壁で出来た、簡素な事務所が見えて来た。
「モッド造船所」と書いてある。
飛行機でも造船なのか?とピーターは疑問に思った。

「よう、アーサーじゃないか!」
受付にいた男がアーサーに気付いた。
「やあ、マロン。久し振りだな。時にモッド親方はどこに居るかな?」
「親方なら第3ゲージだ。お客が矢の催促でな。昨日から雷が落ちっ放しだよ」
「ありがとう、またな」
言うと、アーサーは車を発車させた。
右手に大きな工場が幾つも立ち並んでいる。
3番目の工場の入口付近で、アーサーは車を止めた。
「ここだ」
アーサーは言って、全員降りるように言った。
アーサーは先頭に立って工場の中に入っていった。
ハンマーの音や溶接の音、様々な機械の音が音楽のように聞こえてくる。
そしてその中からいきなり雷が落ちた。
「馬鹿もん、何やっとんじゃあ!そんなリベットの打ち方があるかい!もっと気合を入れんかい!」
ピーター達はビックリして声の主を探した。
ちょび髭を生やした、作業着姿の初老の男が、階段の上で怒鳴っている。
「ジャッキー!その部品はもう駄目じゃ、あっちに新品があるからそれと交換せぇ!」
「モッド親方!」
アーサーは周りの喧騒に負けないように怒鳴った。
「こりゃあ驚いた。アーサーじゃないか。久し振りじゃのう」
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」
2人は握手を交わした。
「うん、こちらの方々は何じゃね?」
「親方、それでちょっと頼みがあるのですが」
「ふむ、分かった、事務所の方に行っててくれ。後から行くわい」
「ではまた後程」

 ピーター達は再び事務所に戻った。
入口横の階段を登って、2階の一室に通された。
机を囲んで、椅子が置いてある。
壁は南と西はガラス窓があったが、北側には作業着が何着も吊るされていた。
1人の男が紅茶を運んできた。
「ようアーサー、一体どうしたんだい?」
「やあマーク、ちょっとドシェル親方の用事でね」
「親方は元気かね?」
「もちろんさ、相変わらずやってるよ」
しばらくすると、モッドが入って来た。
「全く最近の若者は根性がすわっとらんのう。アーサー、お前うちに来んかね?いい腕してるのに もったいないのぅ」
「あははは、ドシェル親方の所も結構面白いもんですよ。時に今日はそのドシェル親方の用事で来たんです」
「よっこいせっと」
モッドは椅子に座ると、紅茶をすすりながら
「ドシェルの奴が何を言ってきたのかね?」
「先ず初めに、こちらを紹介します、ピーター、エレ、ナスカヤと言います」
「よろしく」
エレだけはスイス語で挨拶した。他の2人は英語で挨拶した。
「スイス語は駄目かね?外人さんかな?」
モッドは英語で話し出した。
「親方、英語ができるんですか?」
「当たり前じゃろ、わしの顧客は全世界にいるんじゃぞ。英語が出来んでどうする。フランス語はできんがね」
「実は大袈裟では無しに大変な話です」
「ほう?」
「この3人が合衆国CIAに追われていまして」
「何CIAじゃと!」
思わずモッドは怒鳴ってしまった。
「はい、もう全世界で手配されています」
「一体全体またどうしてそんな事になったのじゃ?」
「簡単に言いますと、このエレという少女が古代に栄えたアーンという人種の生き残りなのです。 そして、CIAはアーン人が古代に開発した兵器を手に入れようと目論んでいる訳です。それで生き残 りのこの少女を追っている訳です」
「何か、突然には信じられん話じゃのぅ」
「ですが本当の話です。こちらのナスカヤの父親はロイド・シュラク教授という、世界的に有名な 考古学者でした」
「あぁ、知っ取る、つい最近強盗に殺されてしまったそうじゃのぅ」
「いえ、CIAにやられたのです」
「何じゃと!一体全体またどうしてかね?」
「不幸にも、教授はアーン人の遺跡を発見してしまったのです。秘密を知った者は・・」
「消される、という事か!」
「これで事態は大体飲み込んで頂けましたか?」
「それは分かったが、わしに何をしろと言うのじゃ?」
「実はCIAに対抗できる手段があるのです。それは古代アーン人が残した、ある兵器とでも言うべき 物です。それを手に入れれば、CIAを撃退する事ができるのです」
「それはどこにあるのじゃ?」
「ロードス島の近くの海底だそうです。そこで何とかして、ロードス島へ行きたいのですが」
「なる程、空港は全て押さえられている訳じゃな」
「そうなんです、そこで親方に飛行船を都合してもらいたいのです」
「うーむ、事情は良く分かった。何とかしてみよう」
「本当ですか!」
思わずピーターが身を乗り出して言った。
「丁度良いのがあるわい。アーサー、お前も知っているじゃろう、ファルコン号よ」
「ファルコン号!」
「ありゃあ速いぞい。ロードス島までなんぞ一っ飛びで行けるわい」
「確かにあの船なら言う事無しです」
「じゃあ早速準備をさせるかの、ベイツ達に準備をさせよう、お前さん方はここで休んでいると良い」
「親方、私も手伝います」
「僕も行きます!」
「私も!」
「私も行くわ」
「おぉ、そうかね、じゃあ早速行くとしよう。7番ゲージじゃ」

 ピーター達はモッドのトラックに乗り込むと、7番ゲージまで行った。
ここでも機械工達がせっせと動いている。
そして沢山の機械に取り囲まれて、その飛行船は静かに佇んでいた。
ファルコン号。
巨大な楕円形の風船部分の下には、推進用のジェットが4つもついている。
モッドの工場でも最速の飛行船である。
「ベイツ!」
モッドは怒鳴った。直ぐに初老の小太りの男がやって来た。
「はい、親方ぁ!」
「ファルコンを出す事になった。行く先はロードス島じゃ!明日の朝までに出せるよう準備しておけ! こちらの方々も手伝ってくださるそうじゃ」
「おぉ、アーサーじゃないか、久し振りだのぅ」
「ベイツさん、どうも」
「じゃあ野郎ども、さっさと準備を始めるぞぉー!」
「おぉー!」

 ベイツの号令で機械工達は一斉に働き出した。
彼らは機械工であると同時に水夫でもある。
ファルコン号に取り付いて、整備を始めだした。
ピーターもアーサーと一緒になって働いた。
エレとナスカヤは食料品等の準備を行った。
こうして夜遅くまで準備は続けられた。
ピーターは油まみれの顔をエレに見られて爆笑されてしまった。
そんなこんなで、何とか準備は整ったのである。

 夕飯はなかなか豪勢だった。
元々一杯食べる男達ばかりなので、食堂には料理が山と積まれていた。
ピーターは一日の労働ですっかり腹ぺこだったので、かなりの量を平らげてエレに呆れられていた。
モッドを初めとする機械工達はその比ではなかった。
しかしモッドの女将さんの料理は中々の物であった。

 翌朝。
ピーター達は事務所の部屋に男性陣と女性陣に分かれて寝ていた。
モッドがバケツを叩いて起こしに来た。
「ほいほい、目を覚ました!出発の時がやって来たぞぉー!」
ピーターは目覚めると、寝ぼけ眼を冷水で覚まして下に下りた。
全員揃うと、モッドは昨日と同じくトラックで7番ゲージへと向かった。
7番ゲージの前には、既にベイツを初めとする水夫達が集合していた。
「皆、準備はできとるな!」
「完璧ですぜ、親方!」
「良し、じゃあ後の事は頼んだぞベイツ。ロードス島までよろしくな」
「お任せください、親方。じゃあ野郎ども、さっさと乗り込んだ!」
ベイツの命令で、全員ファルコン号に乗り込んだ。
ピーター達も乗り込んだ。
「モッドさん、ありがとうございました」
「なぁに、ドシェルとは長い付き合いだ、たいした事はありゃせんよ、それよりも気を付けての」
「はい、ありがとうございます!」
ファルコン号は自走してゲージをでると、ゆっくりと右旋回して滑走路へと向かった。
「行くぞ野郎ども、気合を入れろ!」
「おぉー!」
「発進!」
ベイツの号令でファルコン号は紺碧の空へと旅立っていった。