アーン人の歴史9

 ディモットの乱の後、強大な力を持ったアーン人達の石は全て封印され、アーン人達は再び世界各地での生活を始めた。
一見、平和が続いた様に見えたが、実際はそうではなかった。
ゴルバディア達の間には、ディモットの意思を継いだ者達が大勢居たのである。
彼等は未だに自分達こそ全アーン人の頂点に君臨すべきである、と考えていたのである。
メリルから数代後に、ドイルと言う者がゴルバードとして就任したが、彼もまた、ディモット の意思を継ぐ者であったのである。
この頃から、再びディモット派とでも言うべき勢力がゴルバディア達の中で台頭しつつあった。
心有る者はこの現状を憂いたが、どうする事も出来なかった。
ディモット派は日増しに勢力を増しつつあり、やがてゴルバディアの大勢を占めるようになった。
当時の副官の1人、マリクはメリル同様、正しい者であったので、この状況に多大な危惧を抱いた。
ある時、ゴルバディア達の集会があった。
集会終了後、酒宴となり、その席上でドイルは言った。
「見よ、この多士済々たる我らゴルバディアを。地上の何人が、これを侵し得るだろうか!」
ドイルは酔って上機嫌だった。
「我らゴルバディアこそアーン人を支配する為に選ばれた民である。我らはアーンの神に 最も近く仕える者である。全アーン人は我らを通して、我らが神にひれ伏すのだ!」
ゴルバディア達は万雷の拍手を持ってこれに応えた。
「しかし、我々はかつてディモットの乱と言う罪を犯しました。この事件をお忘れになった訳ではありますまい」
「何だと、マリク?」
ドイルは真っ赤な顔をマリクの方へ向けて言った。
「確かにディモットは罪を犯した。だが、それはディモットが愚かであったからだ。考え 自体は正しい。我らゴルバディア以外に何人がアーン人の頂点に立てるか!」
「我々はあくまでも神官であったはずです。それにフェルノリアが居るではありませんか」
「は!フェルノリアか!ミラの空間石を失った奴らに何が出来るか!フェルノールと言え ど私の敵では無い。そうだろう?シドの時間石の力に奴が逆らえると思うのか?6人の守護 者達が全員の総力を結集して、ようやくまぬけなディモットを退治出来たのでは無いのか? 私はディモットでは無い!あんなまぬけな最後を遂げたりはせん!」
ドイルはここでゴルバディア達に向き直った。
「そうだろう、諸君!私はディモットなどでは無い!あんなまぬけな策にはまって、6人の 守護者達に殺されるような事は無い!私の元でゴルバディアは全アーン人の頂点に立つの だ、違うかね諸君!」
「そうです、正にその通りだ!」
「我々こそ、全アーン人を正しい道に導ける唯一の民だ!」
ゴルバディア達は一斉に賛同の声を挙げた。
「ありがとう、ありがとう諸君。諸君の賛同こそ、天の声と言うものだ。ディモットの乱以 降と言うもの、我らゴルバディアは肩身の狭い思いをしてきた。だがそれも今日までだ!諸 君!アーン人は我ら神に仕えるゴルバディアによって導かれる事で、初めて永遠に栄える事 が出来るのだ。我らアーンの神から全権を担いし我等ゴルバディアこそ、真に選ばれた者達 である。今日ここに我等ゴルバディアが全アーン人の頂点に立つ事を、私ドイルはゴルバー ドとして宣言する。これは反乱などでは無い。神から与えられた、宿命なのである!」
歓呼の声が万人のゴルバディア達から上がった。
「ドイル様、万歳!」
「我らゴルバディアに幸あれ!」
「これこそ天の意思である!」
あちこちからドイルとゴルバディアを祝福する声が挙がった。
ドイルは満面の笑みを持ってそれに応えていた。
つとマリクが立ち上がった。
「どうした、マリク?」
「いえ、少し気分が優れぬもので・・」
「ふん、この祝福されるべき栄光の時に。そんな事では副官としての役目は勤まらんぞ」
「申し訳ありません、私は家に帰って先に休ませて頂きます」
マリクは言うとその場を去って行った。
ドイルは猜疑の視線をマリクに注いでいたが、黙ってマリクを見送っていた。
マリクは急いで家路を辿ると、下僕であったリカーネを呼んだ。
「おや、マリク様、お早いお帰りで」
「うむ、ちと思う事があってな。早々に返って来た次第だ」
「一体どうなさったのです?お顔の色が優れませぬが」
「困った事が起こったのだ」
「困った事と言いますと?」
「私が最も恐れていた事態が起こってしまった」
「恐れていた事と言いますと、まさか・・」
「そうだ、第2のディモットが誕生してしまったのだ」
「何と言う事!」
「だが、今はゴルバディア達は殆どがドイルに賛同している。もう奴の暴走を止める事は、 おそらく出来まい。だが、私が出来る事がたった1つある。それをこれから実行するのだ」
言うと、マリクは自分の部屋にこもって、なにやら手紙を書き出した。随分と長い間その 手紙を書いていたが、書き終わると厳重に封をして、再びリカーネを呼びつけた。
「お呼びですか?」
「お前に頼みたい事がある。この手紙をフェルノールのマシュード殿に届けてもらいたいのだ」
「マシュード殿に?」
「そうだ、ドイルの暴走はもう始まってしまった。ゴルバディア達も暴走している。もう 私の手におえる事態では無くなっているのだ。ディモットの乱が再び起こってしまったの だ。この事実を一刻も早くフェルノール殿に伝えて、手を打って貰わなくてはいけない。 私は事の一部始終をこの手紙に書いた。お前はこの手紙をマシュード殿に直接届けるのだ。 その後、マシュード殿の元に留まれ」
「マリク様はどうなさるお積りですか?」
「私は鍵を持って姿をくらます。そうすれば、ドイルはシドの時間石を使う事は出来ない。つまりディモットの様な反撃は出来ないのだ」
「ではお別れになってしまうのですか?」
「リカーネ、分かってくれ、これはアーン人の一大事なのだ。このまま手をこまねいている訳 にはいかない。何としてもディモットの乱に繋がるのだけは避けなくてはいけないのだ」
「分かりました、そこまでおっしゃるのでしたら、このリカーネ、命に代えてもお役目を 果させて頂きます」
「良く言ってくれた、リカーネ。お前はウィルンに乗って行くが良い。あの馬は速い。きっとお前を助けてくれるだろう」
「分かりました」
リカーネはウィルンを厩から曳いて来ると、それに跨った。
「ではマリク様、お達者で」
「頼むぞ、リカーネ」
リカーネはウィルンに一鞭くれると、闇の中へ消えていった。
それを見送ってから、マリクはシドの時間石を封印した塔の鍵を懐にしまうと、何処かへと姿を消した。

 一方、ウィルンに乗ったリカーネは街道をひたすら西へと走っていたが、突然
「止まれ!」
行く手に数人の人影が現れて、道を遮った。
リカーネは慌ててウィルンを何とか抑えた。
「ほう、誰かと思えば、マリク殿の下僕ではないか。こんな夜中にそんなに慌てて何処へ行こうとしていたのかな?」
松明に照らされて、闇の中に浮かび上がった顔は、ドイルの側近中の側近、ルレーネであった。