スウィフトリアの推察

「失礼します」
ドアがノックされた。
「構わん、入れ」
スウィフトリアはシャワー室から応えた。ルカが入って来た。
「どうした?」
「たった今、CIAの欧州部から情報が入りました。CIAは既に例の小娘を発見しているそうです」
「知っている、ルザモンドが教えてくれた。奴らはあの小娘をしばらく泳がせておく積りらしい」
シャワーを浴び終わって、スウィフトリアはタオルで丁寧に自分の体をぬぐった。
バスローブをゆったりとまとって、またソファの上に腰掛けた。
「ルザモンドによれば、例の小娘はどこかに向けて移動中、と言う事だ」
「はい、オルテン村を出てからひたすら南下をしております。どこに向かっているのかは、未だ判明しませんが」
「ふむ」
「どういう積りでしょう?隠れ家か何かがあるのでしょうか?」
「それはどうかな?あの娘どもは既に相手がCIAである事を知っている。そう簡単に逃げおおせる とは思っても居まい。そうそう、悪い知らせが1つある。CIAの連中が我々の正体に気付いたようだ」
「何ですって!」
「無線機を素手で破壊する化物は、他に思い当たらなかったらしい」
「全員抹殺するべきだったでしょうか?」
「今更悔やんでも仕方無い。あの時はそこまで察知されるとは到底思えなかったのだ。気にする必要は無い」
「はい」
言いはしたものの、ルカにはやはり悔やまれた。
この1万年の間、アーン人が名前を歴史の表舞台に出した事は無いのだ。
しかしそれが始めて破られてしまった。
小娘を捕まえていればまだ救いはある。
が、小娘は逃げ出してしまった。
「問題は、あの小娘がどういう行動に出るか、だな。既にCIAに追われている事を知っている。そ して、我々の襲撃も見た。もしあの小娘が真実カリエルの子孫であるならば、我々の事を当然リ ネリアだと判断するに違いない。CIAと我々から追われて、一体どんな手段を取ると思うね?」
「逃亡するしかない、と思いますが」
「だがどこに逃げる?相手がCIAである以上、全世界どこに逃げても追ってくる事は分かっている だろう。そして我々も追っていると知っている以上、やはりただ逃げる、と言う事はあり得ない 選択肢だ」
「では一体?」
「もし私があの娘の立場に居るならば」
スウィフトリアは目を開いて
「取るべき手段は唯一つ。ミラの空間石を手に入れる事だろうな」
「ミラの空間石!」
「あの娘が真実カリエルの子孫であるならば、ミラの空間石の威力を知っていよう。かつてのディ モットの例もある。ミラの空間石を手に入れたならば、あの娘は我々に対抗できる、もしくはそれ 以上の力を手に入れる事ができる。そうすれば、我々もCIAも簡単には手出しができなくなるだろ う」
「しかし、真実存在するのでしょうか、ミラの空間石は?」
「破壊はするまい。またできまいよ。カリエルは元々フェルノール候補の筆頭だったのだ。ミラの 空間石の存在価値は良く分かっていただろう」
「しかしそれならば、我々は一刻も早くあの娘を捕らえなければなりません」
「そこが難しい所なのだな。例えば、我々があの娘を何とかCIAの目を掠めて捕らえたとしよう。 が、あの娘がそう簡単に口を割るとは思えない。ここはCIAと同様、黙って好きなようにさせた方 が得策なのだ。だが、手に入れられてしまっては手遅れになってしまう。ミラの空間石の場所を判 明させた時点で捕まえる事ができれば、最上というものだ」
「非常に難しいですね」
「難しいとも、特にCIAと言う邪魔者が居るからな」
スウィフトリアは髪をかきあげて
「差し当っては、我々のすべき事はあの娘を追跡し続ける事だ。CIAもしばらくは手を出さないようだしな」
「分かりました。その様に部下に伝えます」
「うん、頼んだぞ。それとだ。ミラの空間石を発見した歳に、CIAが横取りを試みる可能性が充分にある」
「それは当然考えられる事です」
「その際にだ、前回お前達が襲撃した際に、お前達と互角に戦ったとか言う男。その男が気になる」
「と言いますと?」
「前回は1人しか居なかった。だがCIAは我々の存在に気がついてしまった。次の時は1人とは限らん、 複数居る可能性が充分考えられる」
「それは確かにそうです」
「これはルザモンドが言っていたのだが、あの男に関してはフィリオリアも把握していなかったらし い。つまり、合衆国にあっても最高機密と言う事になるな。現在全力を挙げて捜査中ではあるらしい が。もし、あの男の様な連中が複数居た場合、工作が失敗してしまう恐れがある」
「ではこちらも人数を増やせばよろしいかと」
「いや、ことこれに関してはそう簡単に片付くような問題ではない様な気がするのだ。こちらの人数 を増やした所で、解決はするまい」
「ではどうしろと?」
「次の時は、この私が直接出向く事にしよう」
「スウィフトリア様が直々に!」
「うむ、どうも不安で仕方が無い。今後の工作は絶対失敗は許されない。既に我々は正体を知られて しまった、というミスをしでかしているのだ。万が一があってはならない。私が行く」
ルカはスウィフトリアの決意に衝撃を受けた。
リネリアは過去にも数度の工作をした事がある。
しかし、リーネンが直接動いた事などはなかった。
そこまでの決意をしている以上、スウィフトリアの覚悟は並々ならぬものに違いない。
「分かりました、部下達にはその様に伝えます」
「うん、よろしく頼む。ご苦労だった、下がって良い」
「失礼します」
ルカは一礼して出て行った。

 ルカが出て行くと、スウィフトリアは再び目を閉じて考え始めた。
問題は2つある。
1つ目はミラの空間石である。
かつて、ディモットの乱の際、アーン人はシドの時間石の威力をまざまざと思い知らされた。
アーン人の祖先達は、多大の犠牲を払って、ディモットと彼の操るシドの時間石を押さえ込んだのである。
今回はそのシドの時間石と肩を並べるミラの空間石が相手である。
間違ってもディモットの乱の2の舞は避けなければならない。
例の娘の手に渡る前にこちらがミラの空間石を手に入れる。
それが最上の策である。

 2つ目はCIAに居た、謎の男の存在である。
自分達リネリアに匹敵する戦闘力を備えた男。
幸いにして、前回は1人、それもルカの手で何とか処理できる男だから良かったものの、それ以上の戦闘力を備えた男が居ないとどうして断言できよう。
そして、何人居るか、である。
もしかしたら、1個師団位居るかもしれない。
もしそうなると、リネリアと言えども簡単には手出しが出来なくなる。

 次から次へと出てくる難問を、スウィフトリアは振り払うように頭を振って立ち上がった。
ブランデーを開けて、口を湿らせた。
策を練らねばならない。
失敗は決して許されないのだ。