アーン人の歴史5

「見つかりませんでした、だと!それで事が済むと思っているのか!」
ナガルの報告を受けたアクロスは激怒して手にしていた杯を床に叩きつけた。
「我らフェルノリアにとってミラの空間石は何にも代え難い至宝だ。あれが無ければ我々の存在 自体が無くなってしまうに等しい。探せ!何としてもカリエルを探し出せ!ミラの空間石を取り 戻すのだ!」
 直ちに全世界に散って行った他のアーン人達にもこの事態は知らされた。
アーン人達は全世界をくまなく捜索し始めた。
しかし、カリエルの行方は洋として知れなかった。
アクロスは1人になると、懐から小さな水晶球を取り出した。
ペレグリンと名付けられたこの水晶球は、連絡用にディモットが極秘に開発した物である。
アクロスがペレグリンでディモットを呼び出すと、しばらくしてディモットが現れた。
「とんだ醜態だな、アクロス」
「申し訳御座いません、ただ今全力を挙げて捜索中であります。何としてもカリエルめを見つけ 出し、ミラの空間石は取り戻します」
「当然の事だ!」
ディモットは吐き捨てるように言った。
「あれが無くては貴様の存在意義があるまい」
「仰せの通りです」
「既にこの事は全アーン人の知る所となっている。我々の関係も気付かれてはまずい。6人の守 護者どもが黙ってはいまい」
「やつらに我々を裁く権利など有りますまい」
「そうでもない。今回の事件の原因が我々の企てにあると分かれば、やつらは黙ってはいまいよ。 そうなれば、わしとて貴様を庇うどころか、わしの身が危うくなると言うものだ」
「そんな、ディモット様・・」
「だから!何としてもミラの空間石は取り戻さねばならん。何が何でも見つけ出すのだ!」
「心得ております」
その後もアーン人達の捜索は続いた。
しかしその努力が報われる事は無かった。
一方で何故今回の事件が発生したのか、その原因も注目され始めた。
この件に関して、終に6人の守護者達が原因の究明に乗り出す事になった。
提唱者は時のネンデール、ガリアである。
ガリアの呼び出しを受けて、6人の守護者達はネンデリアに集結した。
時のアルバス、サイクロナスの言葉から会議は始まった。
「問題は、どうしてカリエルがこんな事を仕出かしたか、だ。どう考えても不自然である。確かに モーン殿が亡くなった後、フェルノールの最有力候補はカリエルだった。しかしフェルノリアは アクロス殿を選んだ。例えその判定に不満があるとしても、カリエルはこんな愚行を仕出かす様な 男では無いはずだ。少なくとも私が知る限りは」
時のシュラクネル、ジャップがこれに応じて言った。
「確かにサイクロナス殿の言う通りだ。私が知る限りでもカリエルは何の理由も無しにこんな事 を仕出かす様な男では無い。今度の件の裏には、我々が知らない何かがあるに違いない」
「何かって、何なの?」
時のリーネン、エレンが尋ねた。
「それは分からない。しかし必ず何かある。我々としてはそれを探る事が先決だと思う。フェル ノリア達を徹底的に調べ上げ、今回の件について何か無かったかを突き止めるのだ」
ジャップの言葉でその場での結論は出た。
すなわち、6人の守護者達はこの件に関する調査委員を組織して、フェルノリア達を徹底的に追及したのだ。
カリエル派、アクロス派は互いに相手を非難した。
調査委員達はアクロスも取り調べた。
「6人の守護者の僕がフェルノールを取り調べる、と言うのか!」
「これも任務でして、今回の事情から察して頂けると思いますが・・」
アクロスは初めは頑強に抵抗したが、6人の守護者の圧力には抗し難く、終には取り調べに応じた。
最もしらを切り通したが。
だが思わぬ事から事態は急展開を迎えた。
アクロス派に裏切り者が出たのである。
この者が、今回のフェルノール選出に際してのディモットとアクロスの企みを全て調査委員会に喋ってしまったのである。
この思わぬ裏切りにあって、ディモットとアクロスは一気に窮地に追い込まれる事となった。
「差し当っては」
時のウィンデール、ガイガスが結論を出した。
「アクロスに対して裁きを下そう。アクロスを永久に追放する事。これでどうだろう?」
「それは良いが、次ぎのフェルノールを選出してからでなくては。また今回の様な騒動になってしまったら元も子もないぞ」
時のフィリオール、ネルディアが最もな意見を言った。
「そうだ、同じ事の繰り返しは二度と御免だ。先ず次ぎのフェルノールを決めよう」
「しかし、それはフェルノリア達が決める事だ。我々にはそんな権限は無い」
「ではこうしよう。先ずアクロスを追放する事。次に我々の監視下で公正にフェルノール達にフェルノリアを選出させるのだ」
「そうね、取り敢えずはフェルノールから片付けなくてはね」
「では決まりだ!」
 すなわち、6人の守護者達はフェルノリアに赴き、アクロスに永久追放を言い渡したのである。
「貴様らにそんな権限は無い!」
アクロスはあくまでも抵抗した。
「今更無駄な事だ。今回の事件を招いた、そもそもの原因が貴様だ。お前を裁くなぞ、我々として は汚らわしくて嫌ではあるが、他に実行出来る者はいない。さぁ、さっさと立ち去るが良い!」
「やれるものならやってみるが良い!私とてフェルノールに選ばれた者だ。唯では引き下がらん!」
「無駄な事ね、ミラの空間石が無くては、例えフェルノールと言えども唯のアーン人に過ぎないわよ」
「それとも、本気で我々を怒らせたいのかね?」
アクロスは激怒して立ち上がった。
その拍子に懐から水晶球が転がり落ちた。
「何だこれは?」
サイクロナスが水晶球を取り上げてしげしげと眺めた。
サイクロナスはその水晶球の力を直ちに見抜いた。
気を操るアーン人の頂点に立つ6人の守護者ともなれば、この水晶球の力位は見抜けるのである。
サイクロナスは水晶球に向かって念じ始めた。
「やめろ、やめないか!」
アクロスは半狂乱になってサイクロナスに掴みかかろうとしたが、ガイガスが吹き飛ばした。
アクロスは壁に強かに打ちつけられて、気絶してしまった。
「初めっからこうすれば良かったんじゃなくて?」
「そうかもな」
しばらくすると、水晶球からディモットの幻影が浮かび上がってきた。
「何だ、アクロス。今は通信は控えた方が・・」
ディモットはそこで黙り込んでしまった。
「通信は控えた方が良かったですかな?ディモット殿」
「サイクロナス、どうして貴様がペレグリンを!」
「ほう、この便利な水晶球はペレグリンと言うのですか。実に便利な品物ですな。これで、アクロスとあなたとの関係が証明された訳ですな」
「わしとアクロスの関係とは、どう言う事だ?」
「ここまで来てしらばっくれてももう遅いですよ。アクロス派のフェルノリアが全てを白状しました。 既にアクロスは始末しましたよ。次はあなたの番です」
「ふ、ふざけおって!6人の守護者がわしに手を出そうと言うのか!」
「お黙りなさい!あなたの所為でミラの空間石は失われてしまった。この責任をどう取ってくれるのですか?」
「あれはカリエルがやった事では無いか!」
「あなた方の陰謀さえなければ、カリエルが正当なフェルノールになっていた。そして全ては丸く収 まった。しかしあなた方のお蔭でフェルノリア達は混乱し、ミラの空間石は失われてしまった。私が カリエルでも同じ事をしたでしょう。あなた方の手にミラの空間石を渡す位なら、それを持って消え 失せますよ!」
「黙れ!わしに向かってそんな口を利いてただで済むと思っているのか!」
「まだご自分の立場が分かっていらっしゃらない様ですね。まぁ良いでしょう。しばらくの間は王様 気分に浸っている事です。直ぐに天罰が下りますよ!」
サイクロナスが叩きつけるように言うと、ディモットの幻影は消えた。
「さぁ、新しいフェルノールを選出させるとしよう」
ネルディアが言った。6人の守護者の監視下で、フェルノリア達は新しいフェルノールを選出した。
ナワリエである。
「諸君。今までの争いは忘れたまえ。我々はディモットに踊らされ、身内で争うという醜態を演じてし まった。その結果として、6人の守護者の世話にならなくてはならなかった。さぁ、新しい行動に移ろ う。我々を混乱におとしめた、ディモットと戦うのだ!」
カリエル派のフェルノリア達は大いに賛同した。
アクロス派のフェルノリア達は渋々ながら従った。
アクロスはその場で追放された。
アクロスはディモットの元に身を寄せた。
「さぁ、親玉の退治だ!」
新フェルノール、ナワリエに率いられたフェルノリア達と、6人の守護者達に率いられたアーン人達は一路ゴルバディアを目指した。
ディモットとアクロスが、その爪牙を研ぎ澄まして待ち受けているはずである。