会見

 ゴルドナの追撃を辛うじて逃れたファルコン号は、周囲をリネリア達に囲まれながら雲の中を北東の方角へ向かって進んでいた。
しばらく進むと、
「もう追っては来まい」
スウィフトリアは言って、ルカを呼び付けた。
「取り敢えずの急場は脱したようだ。お前達は2名を残して一旦戻れ。追って指示を出す」
「分かりました」
ルカは言うと、ロドリゴとマティスと言う2名を残して、残りのリネリア達を率いて飛び去っていった。
事態の急展開に呆然としていたピーター達に向かってスウィフトリアは
「さてと」
と向き直った。
「取り敢えず水夫達を通常業務に戻してもらえないかね。最低限の人員は既に働いているようだが、このままでは墜落しかねないからね」
言われてベイツは我に返った。
「おぉ、おぉ、あんたの言う通りじゃ、お前達さっさと持ち場に戻らんかい!」
危機を脱してようやくいつものベイツに戻った様である。
言われて水夫達も我に返って、そそくさと持ち場へ戻って行った。
ピーターとアーサーも行こうとしたが、
「君達にはここに居てもらおう」
とスウィフトリアに制止された。
「何はともあれ助けてくれて礼を言うぞい。しかしあんた方は一体?」
「先程名乗ったはずだが、改めて自己紹介をさせてもらおう。私はスウィフトリア・ヴィルヌーヴ。リネリア達を束ねる現代のリーネンだ。そして・・」
とエレの方に向き直り、
「君がカリエルの子孫だね?」
と優しく尋ねた。
エレは黙って頷いた。
ピーターはエレとスウィフトリアの間に割って入り、
「まさかエレを殺す気じゃないだろうな!」
「はははは!」
スウィフトリアは快活に笑った。
「なかなか勇敢だね、さすが今までエレを守ってきただけの事はあるようだね。君がピーター君だね?」
「え?何で僕の名前を・・」
「それ位は全て心得ている。我々とて伊達や酔狂でやっている訳では無い。君の事も、他の方の事も 既に徹底的に調べ上げてある。君の活躍もだ」
「か、活躍・・」
言われてピーターは真っ赤になって俯いてしまった。
正直言って、活躍と呼べるような事は何もやっていない。
それは充分に自覚している。
なので余計に恥ずかしかった。
スウィフトリアに言われた、と言う事もある。
スウィフトリアは素人のピーターから見ても並みの人間で無い事は直ぐに分かった。
何と言うか、ある種のオーラをまとっている。
とても凡人に出せるものでは無い。
そんな人間から持ち上げられてしまったら、ピーターでなくても照れてしまうだろう。
「確かに、初めはエレ君を消す、と言う意見もあった、それは否定しない」
この言葉で一同は凍り付いてしまった。
しかし、スウィフトリアは続けた。
「だが、今となっては最早その選択肢は全く意味をなさない。何故ならば、アメリカ人達は既に我々 の存在にまで気付いてしまっているからだ。今やエレ君だけをどうにかした所で収まる問題では無く なっているのだよ」
「私にどうしろと言うの?」
「まぁ、その前にまずは、だ」
言うと、スウィフトリアは床に横たわっていたメリッサの方に歩み寄った。
「このご婦人を介抱してあげる事だ」
スウィフトリアはメリッサに活を入れた。
「う、うーん」
メリッサは目をこすりながら目を覚ました。
しばらく呆然と辺りを見回していた。
やがて記憶が徐々に戻ってきた様である。
「気分はいかがかな?」
言われてメリッサはスウィフトリアを見た。
「助けてくれてありがとう、でもあなたは?」
「やれやれ、今日は3度も自己紹介をしなくてはいけないのか。私はスウィフトリア・ヴィルヌーヴ、リネリア達を束ねる現代のリーネンだ」
「リーネンですって!それじゃ光の王・・」
「そうだ。ところで、私が自己紹介した以上、あなたにも自己紹介をして頂きたいものですがね」
「私はメリッサ・ブラウン。アメリカ海洋大気局員よ」
「ほう、海洋大気局が一体全体何でまたアーン人を追い求めるのかね?」
「私達はインド沖でアーン人たちの遺跡を発見したのよ。それで古代アーン人の調査をしていたのよ」
「そしてエレのおじいさんを殺したんだ!」
「私の父もよ!」
「違う、違うわ、私は人殺しなんてしやしない。純粋に考古学上の調査だったのよ!」
「嘘だ!じゃあ何でエレのおじいさんを殺したんだ!」
「ローガンは自殺したのよ、私が着いた時には既に死んでいたのよ!それにシュラク教授の件だって今日初めて知ったのよ!」
「嘘よ!あなたもあいつらと同じ、平気で人を殺す人間なんだわ!」
「それはどうかな?」
スウィフトリアが割って入った。
「私には、この人が平気で人間を殺せるとはとても思えないのだがね」
「私もそう思う」
「エレ!」
「私には親切にしてくれたわ。確かに最初は許せなかったけど、この人は違う。あの連中達とは違うと思うわ」
「ありがとう・・」
メリッサはうっすら目に涙を浮かべながら言った。
ナスカヤは納得がいかないらしく、プイと横を向いてしまった。
両親を殺されたのだから、当然と言えば当然かもしれない。
「それで、アメリカはどこまで我々の事を知っているのかね?」
「まだ、殆ど知らないわ。世界中にアーン人達が散って行った事、そして各地で繁栄して現在に到 るまで生き続けている事、その生き残りがそこに居るエレだって事位よ。今は大地の詩の解釈で大 揉めに揉めているの」
「しかし、あのシュラクネリアの大図書館、あぁ、つまりあのインド沖の遺跡にあった石板を調査 するのは並大抵の作業ではなかったはずだ。良くこんな短期間でそこまで探りえたものだね」
「カール・グレアム教授が活躍してくれたからよ」
「何だって!」
ピーターが素っ頓狂な声を上げた。
「じゃあ、グレアム教授はシュラク教授を殺した連中の仲間って事なの?」
「そうなるわね」
「信じられない・・」
ナスカヤが凄まじい憎悪と共につぶやいた。
無理も無い。
グレアム教授とシュラク教授は好敵手でもあったが、交流も深かった。
ナスカヤ自身、何度もグレアム教授に会っている。
そんなグレアム教授が父を殺した連中の仲間だったとは!
「それで、メリッサさん、あなたとしてはこれからどうする積りかな?彼らの元に戻るかね?」
「絶対に戻るもんですか!あんな、平気で人を殺す連中・・。あんな奴ら、あんな奴らが私と同じアメリカ人だなんて・・」
「は、良く言うわ!」
ナスカヤが噛み付いた。
「アメリカ人だから殺すんじゃないの?今まであなた達がやった事を振り返ってみたことがあって? いつもあなた達の言う自由と正義とやらを振りかざして、自分達の都合で散々戦争を起こしてきた じゃない!今中東で起こってる戦争は何なの?あれも正義?アメリカ人が人を殺さないですって? どの口からそんな言葉が出てくるの?あなた達は・・」
「もう良い」
スウィフトリアが遮った。
「ここでこの人を責めても何も始まりはしないだろう?それにさっき言ったはずだ、この人はあの連中とは違うのだ」
有無を言わさぬ口調に止むを得ずナスカヤは黙った。
スウィフトリアの威厳の前には、流石のナスカヤも黙らざるを得ない様である。