捕捉

 見張りを続けていたピーターは、梯子から人が上って来る気配に気がついた。
エンリケだった。
「エンリケさん」
「坊主、交代だ。あれ、何でエレちゃんが居るんだ?」
「えぇと、そのぅ、ちょっとここからの風景を見てみたかったの」
顔を真っ赤にしてしどろもどろになるエレをニヤニヤしながらエンリケは
「ははぁ、まぁ察しはつくが良い事を教えてあげよう。そこにある連絡管はブリッジを初めとしてこの船 の各部屋に繋がっている。何を喋っていたか知らないが、全部筒抜けだぞ」
「えぇ!そうなんですかぁ!」
2人はどうしようもない程うろたえた。
思いっきり痴話話を全部聞かれてしまっていたと分かったのだから無理も無い。
「わははは、まぁ若いうちにしかできない事だ。余り悩むな」
エンリケはナスカヤ派だったので、別段何でもなかったが、これがエレ派の水夫だったらピーターがどう なっていたかは定かでは無い。その時である。
「何だ?」
急にエンリケは真剣な表情で眼下の雲海を見渡した。
巨大な影が見えた。
「何だあれは?ブリッジ!下に何か居るぞ!とてつもなく巨大な奴だ!」
ブリッジの雰囲気は一変した。
緊張感がみなぎり、ベイツは窓から下を見た。
確かに巨大な何かが下に居る。
「何じゃいあれは!」
ベイツが言い終わると同時位に、凄まじい衝撃がファルコン号を襲った。
ドーンと下から突き上げられて船の中にいた水夫達はひっくり返った。
ピーター達は見張り台の手すりに必死になって捕まっていた。
そしてピーターは見た。雲の隙間から、とてつもなく巨大な船がその威容を現し始めた。
超巨大要塞ゴルドナである。
ファルコン号はゴルドナの滑走路の上に着陸する様な形で押し上げられていた。
そして次々に何本ものフック付きのワイヤーがかけられた。
ファルコン号は文字通りくもの巣にかかった獲物の様になってしまった。
ワイヤーを伝わって、次々にアメリカ軍水兵達がファルコン号に乗り込んできた。
武器を持たないファルコン号の乗員達に抵抗する手段はなかった。
あっという間にファルコン号は占領され、エンジンを止められた。
ピーター達は全員食堂に集められた。
マシンガンを構えた兵士たちが、銃口を向けてピーター達を威嚇している。
「これで全員か?」
リーダー格の男が他の隊員に怒鳴った。
「この船全区画くまなく捜しました。これで全員です」
報告を聞くと、リーダーの男はアーサーに向かって
「これで全員か?」
と尋ねた。
「そうだ」
アーサーはたどたどしい英語で答えた。
「占拠完了しました!」
リーダー格の男が外に向かって怒鳴った。
「ご苦労」
その声を聞いてナスカヤは再び心臓が凍る思いがした。
乾いた革靴の音を響かせて、ダレンを先頭にサットン、メリッサ、グレンが入って来た。
「これはこれは、お嬢さん、ようやく会う事ができましたな」
「この人殺し!よくも私の母さんを・・」
「おやおや、随分と気性の激しい方のようですなぁ。あれは不幸な事故ですよ。シュラク教授があの遺跡を 発見さえしなければ、避けられた事故なのです。我々としても非常に悲しい。ロイド・シュラク教授と言え ば、カール・グレアム教授と肩を並べる、考古学会の第一人者ですからな」
「よくもぬけぬけとそんな事を!」
「ちょっと待って下さい!」
メリッサが割って入った。
「どう言う事ですか、ダレン少佐。シュラク教授は強盗に殺されたと聞いていますが。それにこの娘の言っ ているのは何の話ですか?」
「白々しい事を!あんただって人殺しの仲間でしょ!平気で人を殺すんだわ!」
「そうだ、エレのおじいさんだって殺したじゃないか!」
「違うわ、ローガンは自殺したのよ」
「同じ事よ、あなた達がおじい様を殺したのも同然よ!」
「違う、違うわ。私達は人殺しなんてしやしない。ダレン少佐、どう言う事なんですか!説明して下さい!」
メリッサはダレンに詰め寄った。
「仕方が無いなぁ。私としては、ご婦人に暴力を振るうのはできれば避けたかったのだが・・」
冷徹な笑みを浮かべてダレンはメリッサのみぞおちを突いた。
たまらずメリッサはその場に悶絶して崩れ落ちてしまった。
「な、何をするんですか、ダレン少佐!これはどう言う事です!」
グレンが抗議しようとしたが、たちまち水兵達に両腕をがっちり捕まれてしまった。
「放せ、放せよこの野郎!」
「連れて行け」
グレンは大声で叫びながら食堂から引きずり出されていった。
「やれやれ、彼らは教育がなっていないようだな」
「仕方ありませんよ、我々とは違います。裏の世界に関しては全く知らないでしょうからね」
「まぁ、それもそうだな」
「信じられない、自分達の仲間まで・・」
ナスカヤは憎悪の目でダレンを睨んだ。
「仕方ありますまい、静かにしてもらわないと、ゆっくりと話が出来ないですからな。さてと、余興が終わった 所で本題に入るとするか」
ダレンは口調を一変させて言った。
「お前が、アーン人の生き残りだな。ヨークシャーではサットンに一杯喰わせたそうだな。だが今度はそう はいかんぞ。アーン人の秘密を喋ってもらう」
「誰があなたなんかに!死んでも喋るもんですか!」
「わははは、これは愉快だ。なかなか溌剌としたお嬢さんと見える。だが上せるなよ小娘!お前如きの口を 割らせるのはたやすい事だ。軍を甘く見るなよ!」
「貴様、大の大人がこんなお嬢ちゃんを相手に何という事を、それでも人間かい!」
ベイツがたまりかねて怒鳴ったが
「黙れ老いぼれ!貴様などの出る幕では無いわ!いいか小娘、お前は自分がいかに危険な人間か、まだ分かっていない様だな」
「私が危険ですって?」
「そうだ、お前の知っているアーン人の秘密。お前も知っているだろう、大地の詩を。6人の守護者に3人の 王者。そして空間の主、時間の主に創造の主。これらが何を指すか、お前は知っている。もしこれらが何か しらの兵器であったとしたら。そしてそれらが野蛮なテロリストどもの手に入ってしまったら。この世はど うなってしまうと思うね?」
「野蛮なのはあなた達でしょ!」
「ふん、一々小賢しい小娘だ。まぁ良い。我々としては、そんな事態だけは何としても避けねばならん。も しそれらの兵器が存在するのであれば、平和的に管理、もしくは破壊をしなければならないのだ。分かるか ね、これは世界の平和の為なのだ。その為にも、何としてもアーン人の秘密を喋ってもらわねばならん」
「お断りよ!」
ダレンはやれやれと言った感じで
「仕方ありませんな。よく考えて見たまえ。君がどう思うと勝手だが、我々は君の口を割らせる。そしてア ーン人の秘密を解き明かし、古代の兵器が存在するならば、それを平和裏に保管する。何故ならば、それが 世界の平和に取って唯一の方法だからだ。他に方法があるのかね?君1人で何ができる?もしテロリスト達 が君を襲い、我々と同じ様にアーン人の秘密を聞き出して古代の兵器を動かし始めてしまったらどうするね? 君はそこまで考えた事があるのかね?」
「あなた達の手に渡るよりは遥かにマシよ!」
「エレの言う通りだ!お前達なんかに渡したら、世界は終わりだ!」
「ほう、と言う事は、やはり大地の詩に出てくるのはアーン人達が創り上げた兵器なのだな?ならば何とし ても我がアメリカが手に入れねばならん。そうだろう?アメリカ以外にそんな危険な代物を安全に管理でき る国があるかね?アーン人の兵器は何としても我々が手に入れる。それが世界の平和にとっても唯一の方法 だ」
「それはどうかな?私はそうは思わない」
「何だと」
突然背後から声をかけられて、ダレンは振り向いた。
見張りをしていた水兵達は全員横たわっている。
そして代わりに1人の男が立っていた。
長身で金髪碧眼の持ち主である。
その男は腕を組んで壁に寄りかかっていた。
「私が思うには、お前達にだけは決して手に入れさせない事こそ、世界平和に繋がる唯一の方法だと考えるがね」
スウィフトリア・ヴィルヌーヴはゆっくりと腕を解きながらダレンに対峙した。