ゴルドナの追跡

 アメリカの誇る空母ゴルドナは、その巨体を悠然と地中海上空に横たえていた。
夕焼けの光がこの巨大要塞を紅く照らし出す。
高度は1千mにまで落としていた。
このゴルドナに、1機のヘリコプターが近づきつつあった。
やがてゴルドナのヘリポートの上には数名の海兵と、トッド艦長が繰り出してこのヘリコプターが着地するのを待ち構えていた。
凄まじい風を撒き散らしながら、ヘリコプターはヘリポートの上に無事着地した。
やがてローターが止まると、中から4名の人間が出てきた。
「ようこそゴルドナへ、歓迎致します。私が艦長のジャック・トッドであります」
「出迎えご苦労、トッド艦長、私はダレン・マクドナルド少佐だ。こっちはCIAのサットン君、そしてこっちが海洋大気局のメリッサ君とグレン君だ」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
「お世話になります」
「こちらこそ、よろしくお願い致します。では早速ブリッジへご案内致します」
ダレン達が乗ってきたヘリコプターは海兵達によって空いていた格納庫へ収容された。
トッド艦長は先頭に立って、ダレン達をブリッジへと案内した。
ブリッジには巨大なスクリーンがあり、南ヨーロッパの地図が広がっている。
地中海に、ゴルドナの現在位置が示されている。
「例の飛行船の進路は捕捉出来ているのか?」
「いいえ、しかし性能は調べ上げてありますので、現在位置の推測は出来ます。現在奴らはイタリアのトスカナ地方辺りに居ると思われます」
「思ったよりも速いな。追いつけるのかね?」
「造作も無い事です。この船は最大でマッハ2で飛行可能です」
「なら問題は無いな。良し、全速力で追跡を始めてくれ」
「分かりました。では進路を1時の方角へ。全速前進。高度は5千mに」
「方角1時、了解」
「全速前進、了解」
「高度5千m、了解」
トッドの指示が次々と実行に移されていく。
ゴルドナはその巨体を東南東に向けると、徐々に高度を上げながら全速で進み始めた。
「推定到達時間は?」
「3時間もあれば補足できると思われます。その間少しお休みになられましては?」
「うむ、そうさせてもらうか。長旅が続いたからな」
「では。ダレン少佐殿達をお部屋へご案内しろ」
命令されて、1人の海兵が敬礼して案内を始めた。
全員個室だった。
ベッドと小さな机が備え付けられている。
何と冷蔵庫まであった。こざっぱりして、なかなか居心地が良さそうな部屋だった。
「これは良い」
思わずサットンが感心した。
「もしよろしければ、食堂の方へもご案内致しますが?」
「わしは今はいい。君達はどうするね?」
全員今は必要ないという事で、海兵は敬礼をして
「ご用があれば、インターホンを押して頂ければ直ぐに参ります」
言って去っていった。各々は自分の部屋に引き揚げていった。

 ダレンは1人になると考えた。
前回は見事にあの小娘にしてやられた。
完全に自分の失態だった。
たかが小娘1人を逃してしまうとは!
ダレンの自尊心が決して許さなかった。
だが今回は。
確実である。
あの娘が乗っている飛行船とこのゴルドナでは相手にならない。
小鳥の雛が大鷲に挑むようなものである。
間違いなく、今回は成功するはずである。
だが、ダレンの直感がそれを否定しているのだ。
どうも何かが気にかかっている。
ダレンはこれまでも何度か自分の勘というものに救われてきた。
戦場上がりの男達に多いが、ダレンも勘の良い男であった。
戦争にも何度か行った。
命の危険にも何度かさらされた事も有る。
だが常に自分の勘を働かせて乗り切ってきた。
彼はエリートでは無い。
戦場で叩き上げられて来た、本物の軍人であった。

その自分の勘がどうも今回の件に関して警鐘を鳴らしているのだ。
一体何なのか。
ダレンはヘリコプターの中でもひたすら考えていた。
考えられるとしたら唯一つ。
アーン人の襲撃である。
ヨークシャーでCIAが無残にも蹴散らされ、アーン人の娘をむざむざと逃がしてしまった。
それが今回起こらないと言う保証は無い。
いや、むしろ。起こる可能性の方が高いと言って良いだろう。
何と言っても相手はCIAの中枢まで浸透しているのである。
このゴルドナの事とて、漏れていない保証は無い。
だが。
「誰か!」
ダレンはインターホンを押した。直ぐに海兵の1人が現れた。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、この船にCIAから派遣された50名の者達が居るはずだが」
「はい、確かに搭乗しております」
「案内をしてもらえないかな?」
「分かりました」
海兵は直ちに案内を始めた。
廊下を直進して食堂を通過し、やがて広い部屋についた。
娯楽室とでも言った所だろう。そこに彼らは居た。
彼らはダレンを見ると、全員起立し、敬礼をした。
彼らは既にラングレーの地下でダレンに会っていたのである。
「もう行ってよいぞ」
CIAの局員達の反応に驚いていた海兵は、ダレンに促されて去って行った。
「諸君。また会えて嬉しい。ラングレーの地下での訓練室で、諸君の能力は嫌と言うほど良く分かっている。 今回の任務はこのゴルドナでおんぼろ飛行船を捕まえる、と言う実に簡単なものだ。しかし!」
ダレンは強化兵達を見回した。
「私の勘がそれを許さん。私の勘がそうはいかないと言っている。アーン人だ、奴らが必ず今度も邪魔をし に来るだろう。間違いなく。それを防ぐのが諸君の任務だ。知っての通り、アーン人どもも鉄板を素手で引 き裂く化物揃いだ。だが諸君はあの過酷な訓練を生き残ってきた強者揃いだ。諸君なら勝てる。アーン人ど もがどんな邪魔をしようと、諸君なら勝利できると信じて疑わない。諸君の健闘を祈る!」
言うと、ダレンは敬礼をした。
強化兵達も一斉に敬礼で返した。
ダレンは満足そうに微笑むと、自室へ引き揚げていった。
強化兵達の精悍な顔つき、屈強な体つき。
誰があの化物達に勝てるだろうか。
「勝てる訳が無い!」
そう、例えアーン人であろうと、勝てるはずが無い。
ダレンは自信満々になった。
確かに自分の勘は警告を与えている。
だが彼らが居れば、その障害は取り払われるだろう。
必ず。

 一方自室に引き揚げたメリッサは少し疲れてベッドに倒れこんでいた。
仰向けになって考え始めた。
そもそも自分の仕事は海洋調査である。
考古学に興味があるので、アーン人の遺跡を発見した時は人生の絶頂とも言うべき幸福感に浸っていた。
そしてその後の石板の解読作業。
次々に判明していく古代アーン人の秘密。
それは実に幸福な時間だった。
だがローガンを発見した辺りからどうも風向きが変わってきた。
自分の本来の任務とはかけ離れた事をしているように思える。
エレとか言う娘を誘拐したり、ローガンを死なせてしまったり、どうも自分の世界とは違う事をしているように思えてならない。
そしてサットンにダレンという男。メリッサはどうもこの2人を好きになれなかった。
何となく裏がある。
自分に何か隠しているように思える。
そして人間の目とは思えない程の冷たい瞳。
平気で殺人を犯せるような瞳を彼らは持っていた。
しばらくそのまま考え込んでいたが、やがて目を閉じた。
疲れている。
ここ最近の出来事は、どうも自分にはなじめない世界の出来事の様だ。
その所為もあるだろう。
そのままうつらうつらしていたが、やがてインターホンで呼び出しを受けた。
 ブリッジへ行くと、既にダレン、サットン、グレンは来ていた。
「遅かったな」
ダレンが一瞥して言った。
「すいません」
「目標は?」
「補足しました。現在およそ2千m先を高度1千で航行中!」
スクリーンには、ゴルドナの点と、ファルコン号を示す点が浮かんでいた。ゴルドナを示す点が急速にファルコン号に近づいていく。
「いかがしましょう?」
「下から強制的にゴルドナの滑走路に止めてやれ。そのままがんじがらめにしてしまえば良い」
「なる程。分かりました。良し、速度中速。高度を9百mにまで落とせ」
トッド艦長の命令で、ゴルドナは巨体を沈め始めた。
「いよいよだな。今度こそ逃がさんぞ、小娘め!」
ダレンは笑みを浮かべながら前方を睨んでいた。
その目は獲物を捕らえた、猛禽類の目と同じであった。