アーン人の会議

「失敗しただと?」
 パリ。
メディアン・ポート・ド・ヴェルサイユホテルのスウィートルームで、その男はつぶやいた。
部屋の中はライトブラウンに統一された、落ち着いた感じの装飾であり、男はソファの真中にゆったりと座っていた。
全身黒で統一された衣装をゆったりとまとっているその男はブロンドの長髪と蒼い目を持つ白人である。
外からは大通りの喧騒が聞こえて来る。
男はその騒音を振り払うかの様に頭を振った。
この男の名はスウィフトリア・ヴィルヌーヴ。
この男こそ、現代におけるリーネン、すなわち光の民リネリアを束ねる光の王である。
「信じられんな、ルカ。お前がついていながら失敗したのか?」
「は、ご期待に添えられずに申し訳ありません」
ルカと呼ばれたこれもブロンドの髪と蒼い目を持つ男が申し訳無さそうに言った。
この男こそ、ヨークシャーでサットン達の列車を襲った、謎の一団のリーダーだった。
「ふむ、一体何故失敗したか、そこが重要だ」
「奴らは列車の最後尾に小型ジェットを用意していました。女と、例の娘はそれに乗って 飛び去ってしまったのです。我々は飛行許可を得ていませんでしたので、追いかける事は 不可能でした」
「確かに飛行許可は出しておらん。そこまでの危険は冒せんからな。敵もさる者、と言った 所だな。しかし、その女と娘が発進する前に捕らえる事はできなかったのかね?」
「はい、CIAでも選り抜きの精鋭部隊でしたので、そう簡単には」
「重要な事は、CIAの連中が我々の存在を知ってしまったと言う事だ。我々の正体には気付 くまいが、邪魔者が存在する、と言う事は知ってしまった。今後は今回の様に簡単にはい くまい」
「スウィフトリア様、それともう1つ気になる事があります」
「何かね?」
「列車の中に、1人妙な男が居りました」
「妙、と言うと?」
「簡単には信じて頂けないかも知れませんが、我々と対等に格闘できる男が居りました」
「何、お前達と対等にだと?」
「はい。信じ難い事ですが、事実です。奴は私の手刀を受け止め、かつ反撃してきました」
「確かに俄かには信じ難い事実だ。何者かな?何らかの特殊訓練を受けているのかもしれん」
「アメリカには確かにデルタやグリーン・ベレーと言った特殊部隊が居ます。しかし奴らは あくまでも人間レベルの超人です。我々の様に素手で鉄板をぶち抜く様な事はできません」
「最もだ。これは調査する必要があるな。私の方で何とかしよう。ご苦労だった。下がって良い」
ルカは一礼をすると、部屋を出て行った。
スウィフトリアは目を閉じて考えた。
CIAは邪魔者の存在に気付いてしまった。
今回の失敗の意味は大きい。
やっと発見した、カリエルの子孫を見失ってしまったと言う点でも非常に悔やまれる。
だが現実は既に動き始めている。
何らかの手段を講じなくてはならないのである。

 しばらくしてから、スウィフトリアは机から1つの水晶球を取り出した。
それを机の上のクッションの上に置くと、何事か念じ始めた。
しばらくは何事も起こらなかったが、やがて部屋の中に、青白い光が浮かび上がってきた。
それはらは円状に並んでおり、スウィフトリアもその円上になるように並んだ。
そして光は次第に輪郭を鮮明にしてきた。
やがて、光は人の顔になったのである。

 長く白いあご髭と眉毛、曲がった鼻の老人、この老人こそ現在のゴルバード、マリオン・シャンクである。
 アラブ人特有の濃い眉毛とあご髭を蓄えた、頭にターバンを巻いた初老の男。
この男が現在のフェルノール、ジオン・ガブリエル。
 赤毛で蒼い目を持つ壮年の白人。
強い意志をしめす濃い眉毛と鋭い鼻の持ち主。
現在のフィリオール、ルザモンド・サイード。
 氷の様な冷たい、蒼い瞳を持つブロンドの白人。
いなかる事態をも冷徹に処理する事を示す無表情な男。
現在のシュラクネル、アレクサンドル・シェフチェンコ。
 黒い長髪と情熱に燃える緑の瞳を持つラテン人の女性。
唇に艶やさを宿したこの女性が現在のネンデール、マリア・カルロッタ。
 強い意志を示す太い鼻、大きな黒い瞳と分厚い唇を持つ黒人。
この男が現在のアルバス、ヌドゥル・チャウカン。
 陽気そうな笑みをたたえる、ブロンドの長髪と緑の瞳を持つ白人。
この男が現在のウィンデール、デビット・マクロイ。

 こうして、現代のアーン人の頭領達が一同に会した。
「首尾はどうじゃった?」
マリオンが尋ねた。
「失敗した」
「失敗したじゃと!」
一同にどよめきが起こった。
「リネリアが小娘1人を捕まえる事ができなかったと言うのか?」
ジオンが多少皮肉気味に尋ねた。
「批判は甘んじて受けよう。奴らは小型ジェット機を用意していた。そして例の娘はそれに 乗って逃げてしまったのだ」
「何と言う事だ。やっと見つけたカリエルの子孫をまたしても見失ってしまったのか」
「それで、その小娘はまだCIAの手の内にあるのかね?」
「いや、どうもその飛行機は墜落したらしい。CIAもまた、例の娘を失ってしまったのだ」
「何としても奴らより先にあの娘を見つけなくてはね」
「もちろんだ、現在全力を挙げて捜索中だ」
「それなら、良い情報がある」
「何かね、ルザモンド?」
「CIAの連中は既に例の小娘を発見しているらしい」
「何じゃと!」
「で、どこに居るのかね?」
「スイスのオルテン村らしい。CIAの連中は、どうやらあの小娘をしばらく泳がせておく様だ」
「ならば、こちらにもチャンスはある」
「問題は、CIAの連中に我々の存在に気付かれてしまったと言う事だ。これからは今回の様に簡単にはいかないだろう」
「確かにそれはある。しかもだ、驚いた事にCIAの連中は襲撃したのを我々だと推察した様だぞ」
「それは本当かね、ルザモンド?」
「確かだ。ついさっき得た情報だがね」
「何と言うことだ、この1万年の間、我々の存在は決して知られる事は無かったのに」
「相手が相手だ。仕方あるまいよ」
「それにしても、どうしていきなり襲撃者と我々を結びつけおったのだ?」
「そう、それが問題だ。先程の部下の報告によると、CIAの連中の中にリネリアと互角に格闘してのけた人間が居たそうだ」
「馬鹿な、ありえん!」
「どんな特殊訓練を積んでも、我々と対等と言うのは不可能なはずよ」
「だが実際に互角の戦いをやってのけた」
「そして、それが襲撃者を我々と断定した理由だ。素手で無線機を破壊する化物。そんな 連中は、我々以外には居ないだろう、と言う事らしい」
「うーむ」
「ルザモンド、アメリカの特殊部隊で我々に対抗できそうな奴らは居るのかね?」
「居ないはずだ。少なくとも私は知らない。もしあるとすれば、余程中枢部分にしか知らされて いない、超機密事項と言う事になるな」
「是非探ってくれ、今回の列車だって超機密事項だったんだろう?」
「分かった、なんとか探ってみよう」
「頼む。私の方はカリエルの子孫の方を追いかけるとしよう。しかしCIAが監視しているとなると、 下手な手出しは出来ないな」
「そうだな、これ以上我々の事を知られるのはまずい」
「愚痴になってしまうが、シュラクネリアの大図書館を発見されたのは非常にまずかったな」
「今更悔やんでも仕方のない事だ。それよりも、あの娘を何としてもCIAより先に我々の手の 内にする事だ。頼むぞスウィフトリア」
「全力を尽くす事にしよう。ただし、これだけは覚えておいて欲しい。奴らの中には、我々 に匹敵する力を持った人間が居る事を。既に1人居た。が、1人とは限らない。そう考えると、 非常な困難を伴う事になるだろう」
「確かにの」
「いずれにせよ、我々にとっては最大の危機だわ」
「マリアの言う通りだ。これ以上の失敗は断じて許されん」
「分かっている」
「では吉報を待っている」
 マリオンが言うと、1人1人、光は消えていった。

 全員消えると、スウィフトリアはまた眼を閉じて考え始めた。
CIAが既に自分達の存在に気付いているのは非常な衝撃だった。
既に正体がばれている事になる。
そして、自分達と互角に戦ったと言う人物も懸念材料だった。
これまでに、アーン人は幾度か歴史の表舞台に出そうな際に、様々な工作を行ってきた。
いずれも、アーン人の圧倒的身体能力や科学力により、無事歴史の闇に潜み続けていたのである。
だが今回は既に歴史の表舞台に引き釣出されてしまっている。
それも自分達と対等の力を持った相手によって、である。
これからの工作は、相当困難なものになるに違いない。

 スウィフトリアはまた頭を振ると、シャワー室へと向かって行った。
いずれにせよ、対策は練らねばならない・・・