エレの話2

 一方、ローガンはメリッサが帰った後、仕切りと煙草の煙を吐き出しては何か物思いに耽っていた。
しばらくすると、エレが夕食の準備ができた事を告げた。
いつも通りの質素な夕食を取った後、ローガンは早々に部屋に引き取って何か手紙を書き始めた。
時々考え込んではまた書いていたが、やがて書き終わると手紙を封筒に入れて封をし、エレを部屋へ呼んだ。
エレがやって来ると
「どうも、恐れていた事が始まってしまったようだ」
「恐れていた事って?」
「うーむ」
唸ってしきりに煙草をふかしながら、
「今日来たあの女。あの女は暖炉の石板を見て明らかに興味を持った。あの石板を、い やあの石板の意味を知っているという感じであった」
「あの人が」
「うむ。もし、あの女がアーン人の末裔であるならば、次は我々を捕らえに来るに違い ない」
「そんな、おじい様」
「良いかエレ。お前には既にミラの空間石についての秘密を教えてある。お前の両親は 不幸な事故で亡くなってしまった。お前はカリエルの最後の子孫になる。なんとしても ミラの空間石を護らねばならん。今のフェルノールがどういう人物か、知る由もないで な。もしフェルノールに値する、立派な人物であれば問題は無い。しかし、もしアクロ スの様な人物であった場合は大変な事になる。とりあえず、追っ手から逃れなければな るまいて」
「逃れる、と言うと?」
「お前はここを離れて、遠くに逃げなくてはいけない。それもできる限り急いでだ。さぁ 急いで準備を整えなさい。もうここは安全な場所ではなくなってしまったのだ。追っ手 の追跡は急じゃろう。急いで仕度をして逃げるのじゃ」
「なら、おじい様も一緒に」
「わしは行けん。わしはアーラウ村の長老じゃ。この町を最後まで護る義務がある」
「でもおじい様を置いて行くなんてできないわ!」
「エレ!何度言えば分かる。お前はカリエルの最後の子孫じゃ。何としてもミラの空間 石を護る義務がある」
「でも!」
「急ぐのじゃ!残された時間はもう少ない」
エレは泣きながら自分の部屋に行くと、旅の仕度を始めた。
着替えを少しと小物、そして旅費等をかばんに詰めて、何とか準備は終了した。
エレが準備を終えてローガンの部屋へ行くと、ローガンは一通の手紙を取り出した。
「これをオルテン村のドシェルに見せるがいい。ドシェルとわしは長年の付き合いじゃ。 きっと匿ってくれるじゃろう。ほとぼりが冷めるまでは、そこに居るが良い」
ローガンはまだ泣いているエレを見て言った。
「別にこれが最後の別れという訳ではない。そう泣くものではないぞ。もしかしたら、 わしの思い過ごしかもしれんのだ。ただし、万が一の事を考えるとこうするより他にな いのじゃ」
エレがやっと泣き止むと、ローガンはエレに1つの鍵を手渡した。恐ろしく古びた鍵で あった。
「これが何の鍵かは話してあったな」
「はい、おじい様」
「この鍵だけは、何としても護り抜かなくてはならぬ。もうわしが持っているよりお前 が持っている方が良かろう。よいか、決して手放すでないぞ。この鍵は代々護られて来 たのじゃ。いずれお前の子供ができれば、その子に伝えて護っていかなくてはいかん。 よいな」
「分かりました」
「では行くが良い。もう夜が更けて来たが、夜の方が返って良かろうて。奴らはおそら く明日やって来るじゃろうからな」
「ではおじい様」
「うむ、気を付けてな」
エレは何度も見送っているローガンを振り返りながら、アーラウ村を後にした。
沈みがちになる気持ちを何とか使命感で支えつつ道を歩いていった。
しかし、そのエレを密かにつける人物が居た。
メリッサである。