ピーターの決意

 エレの話を聞き終わって、一同はしばらく黙っていた。やがてピーターが
「そんなに凄い話だとは思わなかったよ。何か、僕の頭じゃ良く分からないや」
「私もだ。カリエルの話だけは代々伝わってきたが、アーン人に関してはウルは伝えてくれなかったからな。」
「とんでも無い話だわ。時間を停めるですって?空間を移動するですって?そんな事が本当に出来る の?私達の、現在の科学力なんかお呼びじゃないわね。想像を絶する話だわ」
「でも本当の事なのよ。私が持っている、この鍵が何よりの証だわ。それに私の家にあった石板も」
「ちょっと待ってよ、じゃあこの世界のどこかに3人の王者はまだ存在する訳なのかい?」
「そうなるわね。最も、古代アーン帝国がどこにあったかは、もう分からないけれども」
「それだけじゃないわ。6人の守護者も実在する訳でしょ」
「そうね」
「なんとも、私の頭なんかじゃついていけん。とてつもなくでかい話だな」
「でも変よ。それだけ栄えた文明であるならば、何かの痕跡が残るはずだわ。私のお父様が発見した 遺跡があるけれども、それ以外にも昔話や神話、伝承の類で残るはずよ。でも私そんなのは聞いた事 もないわ。これでも3年間は考古学について学んでいるのよ。何かしら聞いていてもおかしくないはず だわ」
「うーん、僕もそんな類の話は聞いたことないなぁ」
「でも本当の事なのよ」
「いや、別にエレの話を信じていないって訳じゃないんだけれども」
「となると、結論は1つしかないな」
「どんな結論です?」
「アーン人達は、故意に自分達を歴史上から抹殺している、と言う事になる」
「歴史上から抹殺・・」
「つまり、自分達の話が外部に漏れない様、常に何らかの工作をしている、と言う事だ」
「あっ、それじゃあ」
ピーターは思わず叫んでしまった。
「エレが捕まった列車を襲った、謎の連中って言うのはまさか・・」
「そう、多分アーン人の末裔達。ここはヨーロッパだから、おそらくリネリアと呼ばれる部族の末裔達がやったんだわ」
「でも、エレを捕まえてどうする積りだったんだろう。だって、アーン人達は自分達の事を他の人達 には知られたくないんだろう?でもエレはもうCIAに知られてしまっている。まさかエレを・・」
「ひょっとしたら、そうかもしれんな」
ドシェルの言葉にエレはうつむいた。
だがエレには分かっていた。
間違いなく、そうなったろう。
アーン人は決して自分達の秘密を他の民族に知らせる事は無かった。
それは1万年前からそうだったのである。
どうして自分だけが例外になり得るだろうか?
「冗談じゃないわ!」
ナスカヤが叫んだ。
「私達は既に合衆国CIAから狙われているのよ。それだけでも私達の手におえる相手じゃないわ。それ に加えて、そんな超民族からも狙われるなんて、はっきり言って私達が助かる可能性は0と言って良い わね。私達はおしまいよ」
ナスカヤの言った事は最もだった。
CIAと言うだけで、並みの人間が相手にできるものではない。
なのに、ピーター達はまだ少年少女、しかも別段何の特殊技能を備えている訳でもない。
しかもアーン人達はそのCIAさえ軽く蹴散らしてしまったのである。
エレを乗せた列車を襲ったアーン人は、CIAの精鋭部隊をたちまち叩きのめし、全滅させてしまったのである。
さらにアーン人の中には、超絶的な力を持つ6人の守護者が居るのである。
誰が考えても、ナスカヤと同じ結論に達するだろう。
 重苦しい沈黙がその部屋を支配した。
誰もが絶望と悟っていた。
だがしばらくしてピーターが
「ちょっと待った、ちょっと待ってよ。エレ、ミラの空間石っていうのは、実在するんだよね?」
「えぇ、この世界のどこかにあるはずよ」
「エレはその石の使い方を教わってはいないのかい?」
「いいえ、おじい様が幾つか教えてくれたわ。万が一石を取り戻した時にはその力を使えるように。そう、昔のカリエルの様に」
「じゃあ、もし僕達がミラの空間石を手に入れたら、ひょっとしたらCIAにもアーン人達にも勝てるんじゃないかな?」
「なる程、その通りだ。それだけ強大な力を秘めた石ならば、CIAなんぞ相手にもならんだろう」
「そうだ、僕達がミラの空間石を手に入れてしまえば良いんだよ!」
「でも問題があるわ。エレ、あなたはさっき世界のどこかって言ったけれども、ヤルック村の場所は知らないのね?」
「えぇ、残念だけれども、ヤルック村の場所までは・・」
「何だ、嬢ちゃんはそんな事も知らんのかい?」
「えっ、じゃあドシェルさん、あなたはご存知なのですか?」
「ヤルック村は現在で言う地中海、ロードス島の付近に沈んでいるんだ」
「じゃあ何もかも解決じゃないか!僕達はミラの空間石を手に入れて、CIAもアーン人もやっつけるんだ!」
「えぇ、海洋調査なら私が出来るわ。実習で何度かやったもの。ロードス島付近の海底を調べれば良い訳ね、簡単だわ」
「やったよエレ!君は助かるんだ!」
「ピーター!」
エレはうかつにも小躍りしているピーターに、嬉しさの余り抱きついてしまった。
再びピーターは気絶してしまい、ナスカヤに介抱される羽目になった。
エレは顔を真っ赤にしてうつむいていた。
ドシェルは横でゲラゲラ笑っていた。ようやくピーターが目覚めると
「御免なさい、私あんまり嬉しかったんでつい・・」
「いや、僕もこれから何とか気をつけるよ・・」
「こんな調子で大丈夫かしら?」
「わははは、先行きはまぁ明るいだろう。さてと、問題はどうやってロードス島まで行くか、だな。 相手がCIAとなると、もう世界各国の飛行機や鉄道、船舶は抑えられているだろう。どこに行っても 直ぐに見つかってしまう」
「そうだ、あいつら、チューリッヒ空港まで僕達を追いかけてきた」
「ふん、奴らの情報収集能力を甘く見るととんでもない事になる。時にナスカヤさん、あんたの持っ ている小包みは何が入っているのかね?」
「これは・・」
ナスカヤはうつむいて口篭もった。
改めてこれの為に両親が殺された事を思い出したのだ。
「写真のネガよ、お父様がチリ沖の遺跡で発見した、遺跡と石板が写っているらしいの」
「なら早速現像させよう、アーサー!」
再びアーサーが無言で部屋に入って来た。
「ちょっくらデロンの所に行って、このネガを現像して来てくれ、大至急だと言ってくれ」
アーサーは小包を受取ると、出て行った。
「さて、話を元に戻そう、どうやってロードス島に行くかだが」
ドシェルは重々しく言った。
「私の知り合いにモッドと言うのが居る。こいつが飛行船を持っているんだ。この飛行船で行けば、 CIAの探知網に引っかかることなく、ロードス島までいける」
「そのモッドさんと言うのは、どこにいらっしゃるんですか?」
「ふむ、ここから車で3時間はかかるかな?でかい工場を持っている。飛行技師なのでな」
「じゃあ、その飛行船でロードス島まで行けますね」
「ピーター、あなたまで来なくても良いのよ。とっても危険だわ」
「何言ってるんだ、ここまで来たんだ、僕は最後までエレについて行くよ。どっちにしても、もう僕も追われる身になってると思うよ」
「ピーター!」
再びエレは抱きつきそうになったが、さっきの事を思い出してなんとかこらえた。
「やれやれ、やっぱり先行きは不安かのぅ」
「ずっとこの調子じゃ、私が堪らないわ」
「時にドシェルさん、車はどうしましょう?タクシーだともう見つかってしまうかも知れません」
「なぁに、私が案内してやる、と言いたい所だが、そういう訳にもいかないからな。アーサーの奴に 案内させるとしよう。あいつも何回かモッドの所へは行っているからな」
 それからしばらくして、アーサーが戻ってきた。手には何枚かの写真と、さっきの小包を持ってい る。アーサーはそれをドシェルに渡した。
「ふーん、何かの遺跡と、石板が写っている」
全員覗き込んだが、ピーターには石板の文字はさっぱり分からなかった。ナスカヤも同様である。そ の時エレが言い始めた。
「大地の民は大地に生まれ、大地に育ち、大地に還る
 大地の民は大地に護られ、また大地を護るべし
 大地の民は大地の国に栄える
 大地の国は6人の守護者に護られたり
 
 大地の民は3人の王者を頂く
 第1の王者は天空の大鷲
 第2の王者は地上の巨竜
 第3の王者は全てを統べる全き者
 大鷲は空間の主が司り
 巨竜は時間の主が司り
 全き者は創造の主が司る
 
 大地の民は3人の王者と共に栄えるべし
 なれど彼らもまたいずれは大地に還るべし
 彼らもまた大地に生まれ、大地に育ち、大地に還る宿命なれば」
「エレ!石板が読めるのかい?」
「えぇ、これは古代アーン語よ」
「これは何と書いてある?」
「我らネンデリアはここを永住の地と定める。水の加護の元、我らが繁栄せん事を!われネンデール はそれを祈るのみ。この地にラーの青水石を祭り、永久の平和を願う」
「最後のこれは?」
「我らネンデリアはネーサン、ガストン、ケイトの3名を我らの代表としてシュラクネリアに送るもの なり。彼らは英邁にして崇高、必ずや輝かしい偉業を成し遂げるであろう」
「どうやら、何かの記録の様だな」
「チリ沖で見つかったのなら、ネンデールと呼ばれる守護者が率いる、ネンデリア達の物だわ」
「この写真はナスカヤ、君が持っているべきだろう、君のお父様の形見だからな」
ナスカヤは小包と写真を受取った。
「さぁ、今日は難しい話はここまでだ。後はうんと楽しんでもらおう。先ずは我が宿自慢の料理を味わ ってもらわんとな。特にマーガレット特製のチーズなんぞ、ほっぺたが落っこちるぞ!さぁ食堂へ行っ た行った!」
 その晩の食事は、ドシェルが言う通り非常においしい物だった。
ピーター達は久し振りに逃亡者である事を忘れて食事を楽しんだ。
料理はどれもこれもおいしい物ばかりだった。
ドシェルは食事中話まくっていた。
ドシェルの話はどれもこれも面白いものばかりで、エレまで非常に良く笑っていた。
ピーターはこんなに笑うエレを見たのは初めてだった。
 やがて音楽が鳴り始めた。
食堂にいた村人達の何人かが立って踊りを始めた。
「そらそら、お前さん方、こちらのお嬢さん方を踊りに誘わないという方があるかい」
ピーターはエレと、ナスカヤはアーサーと踊った。
エレは顔を真っ赤にしているピーターを面白そうに見ていた。
こうして久し振りの楽しい夜は更けていった。