謎の先客

 先客はどうやら少女の様だった。
草むらの上で眠り込んでいるようだ。
ピーターはそうっと覗き込んでみた。
黒い肩までの髪に蒼いワンピースを着ている。
しばらくしてピーターはこの少女がマッコイ書店のテレビでやっていたニュースに出て来た少女だと言う事に気が付いた。
顔をしげしげと眺めていて、つい赤くなってしまった。
少女はどう見ても可愛いと言われる顔である。
ピーターは自分のお気に入りのこの場所に他人が居る事はどうにも気に喰わなかった。
ここはピーターだけの、とっておきの場所なのである。
しかし、相手が可愛い少女と言う事でちょっとどぎまぎしていた。
正直に言って、いじめられっ子であるピーターに好意を寄せてくれた異性は居なかったのである。
ピーターにとっては、余り経験の無い事だった。

 さて、警察に知らせたものかどうか、とピーターは迷った。
しかしこの少女は熟睡している。
今のところ、さして困っている訳ではない。
目が醒めてからでも、別に構わないだろう、という結論に達して、ピーターは近くの岩場に腰を下ろし、例の本を貪るように読み始めた。
今回のは特に凄かった。
人類が1万年以上前に存在していて、しかもその時代に全く別の文明を持っていたのではないか、と言うものだった。
今回発見された遺跡もどう見ても8千年は経過したもので、しかもこれだけのものを創るというのは、現在の技術でも難しいだろう、等と言った感じで続いていた。
雨はいつの間にやら止んでいて、ピーターは時が経つのも忘れて本を読み耽っていた。
 ふと視線を感じてピーターは振り向いた。
先程の少女が何時の間にか座ってこちらを見ていた。
ピーター少年は真っ赤になってしまった。
少女はやっぱり可愛かったのである。
「あ、あの、こんにちは」
ピーターはぎこちなく言った。
「こんにちは」
少女の方もぎこちない英語で答えた。
「あの、そのう」
ピーターは言い訳でもするかの様に言った。
「悪いとは思ったけれども、ここは僕しか知らないお気に入りの場所なんだ。でも君 を起こしちゃ悪いと思ったから」
「そう」
そっけない答えが返ってきた。ピーターは間が持たなくなって自己紹介に入った。
「あの、僕はピーター・オコーナーって言うんだ」
「私はエレ・アステシィアよ」
「よ、よろしく」
「よろしく」
2人はぎこちない握手を交わした。
特にピーターの方は異性との握手など滅多に無い事なので、真っ赤になってるのが相手にばれませんように、と心の中で祈っていた。
また間が持たなくなったので、ピーターは
「君は最近ここに引越してきたの?余り見かけない顔だけど?」
とニュースを知っているのに切り出した。エレは首を横に振った。そしてうつむいて
「私は逃げてきたのよ」
と言った。ピーターはビックリして思わず
「えっ、もしかして家出かい?」
と聞き返してしまった。エレは少し驚いた様で、それから初めて笑った。
「違うわ、家出じゃないわよ。それに私の両親は」
と表情を曇らして
「もうとっくの昔に亡くなってしまったもの」
「ご、ごめんよ」
「ううん、いいの」
「でも、逃げて来たって、じゃあ誰から逃げてきたんだい?」
「悪い奴らよ。私のおじい様を」
エレは声を詰まらせて
「おじい様を殺したわ!」
「何だって!」
ピーターは今度こそ驚いた。
テレビや新聞では殺人事件というのを聞いたことはあるが、こう身近に聞こうとは思わなかったのである。
改めて聞くと、ぞっとする響きがある。
「一体、何だってそいつらは君のおじいさんを殺したりしたんだい?」
「秘密のせいだわ」
「秘密?」
「そう、私の家には誰にも言えない秘密があるの。奴らはそれをおじい様から無理矢 理聞き出そうとしたのよ」
エレは初対面であるピーターにすらすら喋ってしまう自分に少なからず驚いていた。
逃亡生活で人が懐かしくなった事もあるが、ピーターはどこから見ても大人しい、善良そのものと言った感じの少年だった。
悪く言うとお人よしである。
「そして、今度は君からその秘密を聞き出そうとしている訳なんだね?」
「そうよ」
「なんて奴らだ!」
ピーターは久し振りに本気で怒った。
ここまで怒ったのは前に同級生のディビスが、ピーターが好意を持っていたケイティの前でピーターの母親の悪口を言われた時以来である。
ピーターの母親は顔に火傷があり、ディビスはそれをからかったのだった。
その時はピーターは我を忘れてディビスに殴りかかって行ったのである。
「そいつらは今でも君を追いかけているんだね」
「えぇ、そうよ」
「じゃあ逃げなくちゃ!」
「でもどこへ逃げればいいのかしら?」
エレは途方に暮れた表情で言った。これにはピーターも困ってしまったが、
「とりあえず僕の家へおいでよ」
「でもいいの?」
「大丈夫さ」
ピーターはエレを連れて森を歩き出した。
生まれて初めて異性を護る男となっている事に、幾分高揚感を覚えながら。