アーン人の歴史3

 アティア人を滅ぼして平和を取り戻したアーン人だったが、その平和は長くは続かなかった。
究極の兵器として創られたアトラが、自分の意志を創ってしまったのである。
アトラはアティア人との戦いを続けるうちに、疑問を持ち始めたのだ。
アトラはソラの創造石の力によりアスカルに操縦されていた。
だがアトラは自分が何かを創る力を持っている事を認識した。
であるならば、ソラの創造石に匹敵する物を自分で創りさえすれば、自分で自分を操縦できる。
つまりアスカルの束縛から逃れて自由に行動できるのではないか、と考え始めたのである。
そしてそれを実行してしまった。

 アスカルがそれに気付いたのは、アティア人との戦争の勝利を祝った祝典が終わった後であった。
アーン人は役目を終えた、3つの兵器を停止させようとした。
スフィーネとエイジャは何の問題も無く停止した。
だがアトラだけは停まらなかった。
アスカルは何度も停止を試みた。
だがアトラは停止しなかった。
アトラはアスカルに反抗しだしたのである。
アスカルは終にアトラのしでかした事を悟った。
そして恐怖を覚えた。
あの圧倒的な軍事力を誇るアティア人を滅ぼした、その力が今度は自分達に向けられるかもしれない。
その恐れは現実のものとなった。
アトラは暴走を始めたのである。

 アーン帝国はあっという間に阿鼻叫喚の渦に巻き込まれた。
アスカルは直ちにマーロンとナルーラを呼び、自分と近衛兵を除いた全てのアーン人をアーン帝国の防壁の外に出す様命令した。
そしてもし自分が戻るか、もしくは青い烽火が上がるのを見た時は、6つの大灯台から「6人の守 護者」に命じて6重の結界を張り、何人たりともアーン帝国に出入りできないようにする様命令 した。
アーン人達は直ちに脱出を始め、そしてアトラとアスカルの壮絶な戦いが始まった。
アトラの絶対的力に対抗できるのは、唯一ソラの創造石を持つアスカルだけである。
だがアトラはアーン人の科学力の粋を結集して創られた、究極の兵器である。
アスカルだけでは対抗できない。
近衛兵達は死を恐れずにアトラに向かって行った。
アトラはあらゆる手段を用いて反抗した。
だがアトラの持つ創造の力は全てアスカルによって中和された。
アトラは自身の身体能力だけで次々に近衛兵達を殺していった。
アスカルは全力で創造の力を中和し、アトラに挑んでいった。近 衛兵達も仲間の屍を乗り越えて、アスカルに続いていった。

 大灯台から観ていたアーン人達は、凄まじい爆発を何度も見た。
大地が裂け、嵐が渦巻き、目もくらむ閃光が何度も光った。
マーロンとナルーラも事の次第を見守っていた。
戦いは3日3晩続いた。
そして3日目、終に青い烽火が上げられた。
マーロンとナルーラは深い悲しみに包まれつつも、6人の守護者に結界を張るよう、命令した。
こうしてアーン帝国には6重の結界が張られ、何人も出入りする事はできなくなった。
アーン人は皇帝と近衛兵と、自らの国を失ってしまったのである。

 残されたマーロンとナルーラ、そして6人の守護者達はこの後どうするかを協議した。
そして、各々世界各地に散って、新しい安住の地を探す事に決定した。
マーロンは議員を、ナルーラは神官を、6人の守護者達は各々の部族を率いて世界各地に散って行った。
こうしてアーン帝国は崩壊したのである。
そしてこの頃より、マーロンとナルーラは自分達に他の部族に習って新しい呼称を付ける事にした。
宰相のマーロンは空間を表す「フェルノール」、議員達は「フェルノリア」、
枢機卿のナルーラは時間を表す「ゴルバード」、神官達は「ゴルバディア」である。

 世界各地に散って行ったアーン人達は各々安住の地を見つけ、先ずは住処を造り始めた。
やがて以前と同じ様に農耕を始め、徐々に以前の繁栄を取り戻し始めた。
自分達の住処に自分達の部族名をつけ、大地信仰の神殿を築き、しばらくすると離散した他の部族との交流も始まった。
こうしてアーン人は世界各地で繁栄を始めたのである。

 アーン人達がかつての文明を取り戻してから数世代を経た時、ある悲劇がアーン人を襲った。
時の宰相、モーンが突然病死してしまったのである。
モーンはまだ宰相となってから日が浅く、後継者の事等まるで考えられていなかった。
その為、フェルノリアは後継者を巡って紛糾した。
候補者は2名居た。
モーンの一番弟子であるカリエルと、次席のアクロスである。
フェルノリアはカリエル派とアクロス派に分かれてしまった。

 時の枢機卿、ディモットはこの混乱に乗じて蔭からフェルノリアを操ろうと目論んだ。
アーン人達にとって、皇帝が居なくなってしまった現在となっては、最高権力者は宰相と枢機卿の2名である。
もしここで枢機卿であるディモットが次期宰相に恩を売って、裏から操る事ができれば、ディモットがアーン人の最高権力者と言う事になる。
ディモットはこの企みを実行に移した。
すなわち強力にアクロスの後押しをしたのである。
アクロスもまたディモットのこの行為に感謝をし、忠誠を誓うようになっていた。
ディモットの圧力によってカリエル派は圧倒されるようになってきた。
カリエルは悩んだ。
彼はディモットの企みを見抜いてはいたが、どうする事もできなかった。
宰相であるフェルノールを決めるのはあくまでもフェルノリア達であり、自分の一存で決められる事ではなかったのである。
やがて、終にフェルノリア達はアクロスを宰相、フェルノールとして選出してしまった。
カリエルはこの結果に歯噛みしたが、どうする事もできなかった。
しかしこのままではフェルノリアはディモットに乗っ取られ、アーン人がディモットに支配されてしまう事になる。
カリエルは悩んだ。
悩んだ挙句、とんでもない暴挙に出た。
彼はフェルノールの力の象徴である、ミラの空間石を盗んで逃げ出してしまったのである。

 翌日、フェルノリア達は蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。
彼らにとっては最も大切であるミラの空間石が無くなってしまったのであるから、当然である。
そしてカリエルが行方不明である事から、彼が盗んで逃げ出した事が容易に推察された。
アクロスは激怒して追っ手を出した。
宰相になっても、肝心のミラの空間石を失ってしまっては、フェルノールの力は使えないのである。
追っ手達は速やかにこの事を全アーン人に伝え、そしてカリエルの行方を追った。

 カリエルの逃避行は決して楽なものではなかった。
彼は幾つもの山を越え、谷を渡り、崖を攀じ登ってひたすら逃亡した。
しかし追っ手は直ぐにやって来た。カリエルはひたすら逃げた。
森を駆け抜け、川を泳いで渡り、あるいは飛行して逃げに逃げた。
しかし終に追い詰められてしまった。アクロスの追っ手達も精鋭であったので、そう簡単に撒けはしなかったのである。
カリエルは崖の上に追い詰められた。
追っ手の隊長であったナガルが進み出て言った。
「あなた程の人がこの様な事をするとは、悲しい事です。ですが、我々はあなたを逮捕しなけれ ばなりません。大人しくミラの空間石を返して頂きたい。そうすれば、手荒な真似はしなくて済 みます」
「残念だが、それはできないな、ナガル。お前も分かっているだろう。アクロスはディモットに 忠誠を誓っている。このままではフェルノリアは、いやアーン人はディモットの意のままになっ てしまうだろう。そんな事は絶対に認める訳にはいかない。私はこの命に代えても、ミラの空間 石を奴らの手に渡す訳にはいかない」
カリエルはそう告げると、ナガル達が止める間もなく崖から飛び降りてしまった。
「しまった!」
ナガルは慌てて崖の下を覗き込んだが、崖は深く、底は見えなかった。
「急げ、なんとかして崖の下に行き、ミラの空間石を取り戻すのだ」
ナガルの命令で追っ手達は直ちに背後の森の中に消えていった。