ドシェル

 オルテン村に近づくに従って、エレにとっては懐かしい風景が広がり始めた。
ローガンに連れられて、山や川、谷や野原でいろんな遊びをしたものである。
早くに両親を無くしたエレにとって、ローガンは正に親代わりであった。
ローガンとの思い出に浸りながら、車は一路オルテン村を目指していた。数時間程かけて、ようやくオルテン村に着いた。
オルテン村は結構大きな村だった。
直ぐ近くを歩いていた村人を捕まえて、ドシェルの居場所を尋ねると、村の中心付近で宿屋を経営しているという。
「旅の友」と言う名前の宿屋だそうだ。
ピーター達は早速村の中心に向かって歩き出した。
村人が一日の仕事を終えて、家路に着く時間である。結構沢山の人々が行き交っていた。
夕暮れ時の日差しの中に、「旅の友」を見つけた。
かなり大きな宿屋で、1階はパブになっている。
大勢の村人達が既に一日の疲れを癒し、かつ一晩の楽しみに耽り始めていた。
ざわついた中をカウンターへ向かって歩いて行くと、エレが小太りの中年のバーテンに向かって
「ドシェルと言う人に会いたいんですけれども」
「ドシェルは俺だが、何の用かね?」
「私、エレ・アステシィアと言います。ローガン・アスティシアの孫です」
「ほう、そいつは懐かしい名前だな!良く来たね、ローガン殿はお達者かな?」
この言葉にエレはうつむいてしまった。
「どうしたね?」
ドシェルは怪訝そうに尋ねた。
「おじい様は亡くなりました」
「何だって!」
ドシェルは思わず叫んでしまった。
「亡くなった?まだそんな歳じゃないだろう。一体何故亡くなったんだね?」
「殺されたんです」
「ちょっと待った」
ドシェルは深刻な顔になると、
「マーガレット!」
自分の女房を呼んだ。マーガレットも小太りである。
「はいはい、なんだいお前さん?」
「しばらく店の方を頼む。俺はちょっと用ができた」
「分かりましたよ」
ドシェルはピーター達について来るように促すと、先頭に立って奥の通路を歩き始めた。
突き当たりの扉を開き、中にピーター達を入れると、扉を閉めて鍵をかけた。
「さてと」
ドシェルは鍵をかけ終ると、
「とりあえず、座りたまえ」
部屋の中にあるテーブルを囲んだ椅子に腰掛けるように促した。
全員が座ると、ドシェルは
「さて、さっきお嬢ちゃんはローガン殿のお孫さんだと言ったね?」
「はい」
「確かに、ローガン殿にお孫さんがいる事は聞いている。それで私に何の用かな?」
「私達、追われているんです」
「追われている?誰に?」
「合衆国CIA」
「合衆国CIA!」
思わずドシェルは大声になってしまった。
「また、とんでもないものに追われているんだな。それで私にどうしろと?」
「おじい様が、あなたなら匿ってくれると最後に言ったのです」
「ふーむ」
ドシェルは腕を組んで考え込んだ。しばらくして
「先ず初めに、君が本当にローガン殿の孫かどうか、確かめる必要がある。申し訳ないが、 相手がそこまで巨大である以上、こっちも命懸けになる。それに、もしかしたら君自身が CIAの用意した替え玉であるかもしれない。そこでだ。もし君が真実ローガン殿の孫であ るのならば、ある詩を教えられているはずだ。暗唱してみてもらおう」
「大地の民は大地に生まれ、大地に育ち、大地に還る
 大地の民は大地に護られ、また大地を護るべし
 大地の民は大地の国に栄える
 大地の国は6人の守護者に護られたり
 
 大地の民は3人の王者を頂く
 第1の王者は天空の大鷲
 第2の王者は地上の巨竜
 第3の王者は全てを統べる全き者
 大鷲は空間の主が司り
 巨竜は時間の主が司り
 全き者は創造の主が司る
 
 大地の民は3人の王者と共に栄えるべし
 なれど彼らもまたいずれは大地に還るべし
 彼らもまた大地に生まれ、大地に育ち、大地に還る宿命なれば」
「良し。もう一つ。ローガン殿は君に何かを託さなかったかね?」
「この鍵の事ですか?」
エレは首からかけている鍵を見せた。
「良いぞ。最後だ。君の一族の、祖先の名前を言いたまえ」
「祖先の名前を?」
「そうだ。真実ローガン殿の孫であるならば、知っているはずだ」
「それは知っています。でもあなたがどうして?」
「今は質問しているのは私の方だよ」
「分かりました。カリエルよ」
「よろしい!」
ドシェルは満面の笑みで応えた。
「君は真実ローガン殿のお孫さんのようだ。ちょっと待っててくれ」
言うと立ち上がって、扉を開けて怒鳴った。
「アーサー!」
しばらくすると、若い大男が入って来た。
「すまんが、お茶を4人前頼む」
アーサーは無言で出て行ったが、しばらくすると、お茶を入れて戻ってきた。
お茶を配り終わると、無言のまま出て行った。
「多少無愛想だが、根は良い奴だ」
ドシェルは言ってお茶をすすった。
ピーター達もお茶をすすった。
「時に、こちらのお仲間は?」
「私を助けて下さっているの。英語はおできになって?」
「そりゃ、宿屋をやっとるからな。多少はできる」
「じゃあ、ピーターから」
「あの、ピーター・オコーナーって言います」
「私はナスカヤ・シュラクよ」
「で、一体全体何でお前さん方はCIAなんぞに追われているのかね?」
「アーン人の秘密の所為よ」
「なる程。確か、ローガン殿はアーン人の末裔だったな」
「どうして知ってるんですか?」
ドシェルは得意げに腕を組んで
「何を隠そう、私こそ遥か昔にカリエルを助けたヤルック村の長老、ウルの子孫なのだ」
「ウルの子孫・・」
「そうだ。これで私がアーン人の事を知っていた理由も分かったろう」
「ちょっと待ってよ。カリエルとか、ウルとか、一体何の話なの?」
「おや、こちらの方々は知らんのかね?」
「おじい様が決して他人には教えてはいけないと言っていたものですから」
「確かにそれはそうだろう。しかしどうかね。もうこの方々も散々苦難を共にして来てい るのではないかな?もう教えてあげても良いと思うが。私自身、アーン人自身のことは良 く知らないのだ。カリエルに関する事だけは知っているがな」
エレはしばらくうつむいていた。しかし、やがて決心したように顔を上げた。
「ピーター」
「御免なさい、今まで隠していて。一緒に来てくれたのに。ナスカヤさんも、ご両親まで失ったのに。」
「いいんだよ」
「そうよ。でも興味はあるわ。両親の事もあるけど、考古学上でもね」
エレは2人に向かって微笑んだ
「ありがとう。もう隠していても意味が無いし、あなた方には知る権利があるわ。」
こう前置きして、エレはアーン人の歴史を語り始めた・・・。