合衆国CIA

 ラングレーにある合衆国CIA本部。
そこの、とある一室において、局長メリンゲを初めとする重鎮達が長テーブルを囲んで顔を揃えていた。
重苦しい雰囲気の中、メリンゲの怒声から話は始まった。
「何と言う失態だ!あのアーン人の娘を捕らえた列車は、極秘裏に用意したはずだ!万全 の注意を払い、しかも警護の者を50名もつけたのだぞ!それがこの有様とはどう言う事だ!」
「考えたくはありませんが、2重スパイがいる、と言う事になりますな」
「だがどこの機関だ?MI6が今更我々の妨害をするとは思えん。フランス諜報部にも、モサ ドにもアーン人の事を察知された様な形跡は無いのだ。ロシアか?中国かね?どこの機関 からもその様な兆候は見受けられないのだ!一体何者があの列車を襲撃したかだ!」
沈黙がその部屋を支配した。
誰もこれといって思い当たる節は無い。
しかも、今回の襲撃者はCIAから選りすぐった猛者達を苦も無く叩きのめしてしまったのである。
しばらく沈黙が続いたが、やがて1人が沈黙を破った。
カール・グレアム教授である。
「これは私の推測に過ぎませんが・・」
「グレアム教授。構いません、どうぞ意見をお願いします」
「私はアーン人の研究に取り組んできて、妙な事を感じるようになりました」
「妙な事?と言いますと?」
「古代アーン人は高度な文明を誇り、しかも全世界中に散って行った民族です。なのに、 です。スイスのアーラウ村であの大地の詩を刻まれた石板以外に、他にアーン人の文明の 跡を記すものは何もありませんでした」
「それで?」
メリンゲは多少いらだって先を促した。
「通常、あれほど栄えた文明が何の跡も残さない、という事はあり得ません。必ず、神話 や伝承の類となって、残るものなのです。なのにアーン人に関しては、それが全くありま せんでした。これは、アーン人が意図的に自分達を歴史の表舞台から隠している、そう思 えるのです」
「意図的に隠している?」
「つまり、今回の様に、歴史の表舞台に自分達が出そうになった場合には、なんらかの処置を・・・」
「と言うと・・」
メリンゲは少し自分に言い聞かせるように間を置いてから
「襲撃者はアーン人だとおっしゃるのですか?」
「そう考えれば、今まで我々が何の痕跡も発見できなかった事が説明できる、と私は考えます」
「つまりアーン人の末裔達が、自分達の秘密を暴かれるのを防ごうとして」
「そうとすれば、CIAの強者達があっという間に打ちのめされたのも説明できると思います。 シュラクネリアで発見された石板からは、アーン人は驚異的な身体能力を有する、と推察 される様な記録が幾つか発見されていますから」
「うーむ」
メリンゲは唸り、部屋の中にはどよめきが起こった。
メリンゲはしばらく考え込んでいた がやがて
「確かに、アーン人達がその様な工作をしてきたのであれば、今回の事も説明がつく。し かし、しかしですぞ。問題なのは我々の機密事項があっさりと漏れた事にあるのです。もし 今回の襲撃がアーン人によるものだとしたら・・」
「我々の組織の中にも、アーン人の末裔がいる事になります」
「いや、我々だけではない、アーン人は全世界に散って行ったのだ。どうして我々だけであ るはずがあるだろう?」
部屋の中は騒然となった。
自分達の中の誰かが、アーン人かもしれない。
そう考えるだけでとても平常心のままでいられるものではなかった。
だがグレアム教授の説明は筋が通っている。
今までアーン人の文明の跡を示す物は、インド沖とチリ沖の遺跡以外では、アーラウ村 のローガンが持っていた石板だけだった。
全世界の神話や伝承やらを調査した結果ですら、そうだったのである。
アーン人が意図的に自分達を歴史の表舞台から隠していた事は充分考えられる事である。
同時に、アーン人が絶滅したと言う証拠も無い。
子孫が自分達の中にいて、何の不思議があるだろう?
しかし、その場にいる者たちにとってには、俄かには受け入れる事のできない事実であった。
「今回の襲撃がアーン人によるものだと仮定して」
メリンゲの声に一同は静まった。
「今回の事件から次の事が言える事になる。先ず、アーン人達は我々、もしくは他の諜報機 関、いや、政府そのものも含めたあらゆる機関の中枢にまで喰い込んでいる可能性があると 言う事。もう一つは、アーン人は想像を絶する身体能力の持ち主だということだ。今回の例 で言えば、武装した我々の精鋭部隊があっという間に叩きのめされてしまった。正に超人とも 言える、と言う事だ」
「しかし、そうなると分からない事があります」
「何かね、マシューズ君」
「どうして、ローガンはあの大地の詩の石板を、居間に飾ったりしていたのでしょう?そし て、何故自殺したのでしょう?エレとか言う娘も、あっさりと我々に捕まりましたが、もし アーン人の末裔であるならば、苦も無く逃亡する事も可能だったのではないでしょうか?」
「うーむ、確かにそれはそうだ。あれ程の超人達であれば、あっさり捕まるはずが無い」
「私は思うのですが」
「何ですか、グレアム教授?」
「ローガンと言うのは、アーン人達にとっても特殊な存在だったのではないでしょうか? 謎の鍵を所持していましたし、自身でアーン人の秘密を知っていると言ったらしいではあり ませんか」
「なる程。それは充分考えられる事ですな。」
「となると、エレという娘はますます重要な存在になって来ます」
「その通りだ。現在、あの娘はどうしている?」
「チューリッヒの空港を出て、どこかに向かっている様です。車で移動中です」
「ふん、ローガンはあの娘をどこかに逃がそうとしていた様だったな」
「はい」
「すると、今その目的地に向かっていると言う訳か。サットンとメリッサはどうしている?」
「とりあえず、ホテルに待機して、例の娘の動きを見張っている様ですが」
「しばらくは泳がせておいた方が得策かも知れんな」
「そうですね。放っておいても目的地を教えてくれます」
「ではその様にサットン達には伝えておいてくれたまえ。さて、もっと大事な問題がある。 我々を襲撃した、アーン人と思しき奴らの追及だ。むしろこちらの方が急務だ。我々の中 にさえ、喰い込んでいるかもしれないのだからな」
メリンゲのこの発言に、一同静まり返った。
不気味な沈黙が支配し、互いに顔を見合った。
「この問題は、私が直接指揮して解決する事にしよう。とりあえず諸君らは今まで通り世 界各国の動きを見張っていてくれたまえ。そしてあの娘もな。では解散。ご苦労だった」
この声で一同は何とも言えない表情のまま、部屋を出て行った。
メリンゲは自分の局長室に行くと、インターホンを押した。
「ジャクソン君。私だ。至急私の部屋へ来てくれたまえ」
しばらくすると、1人の若者がノックをしてから局長室へ入って来た。
ジャクソン・クレイである。
ジャクソンはメリンゲの秘蔵っ子だった。元々は陸軍所属だったのであるが、その 能力に目をつけたメリンゲがわざわざ引き抜いたのだった。
「お呼びですか、局長」
「うむ、実は君に極秘で頼みたい事がある」
「何でしょう?」
「ヨークシャーで起こった事件は聞いているかね?」
「はい、ざっとではありますが」
「どう思う?」
「遺憾ながら、2重スパイがいる事を考えざるを得ません」
「そうだ。そして忘れてはならないのが、我々の精鋭達があっという間に叩きのめされてし まった点だ。襲撃者は超人とも言える」
「その通りですね」
「我々の結論としては、だ。襲撃者はアーン人であったと言う事になった」
「何ですって!」
「つまり、アーン人は決して滅びてはいない。生き延びて、我々の中に生きている、という 事だよ。そして我々の機密をあっさりと盗み、あの襲撃が起こった。我々の精鋭をあっとい う間に倒したのも、相手がアーン人であったとすれば説明がつく」
「俄かには受け入れ難い事です」
「私とて同じだ。しかし、実際に襲撃は起こってしまった。そこでだ。君に今回の襲撃事件 を調べて欲しい。襲撃者の正体が分かれば、おのずとアーン人の正体に近づく事ができるだ ろう。それに我々の内部にいる裏切り者の正体もな」
「分かりました」
「よろしく頼む、報告は直接私にくれたまえ」
「心得ています」
「資料が必要な場合はマシューズ君から貰うと良い。話は通しておく」
「それでは直ちに」
「うむ。分かっているとは思うが、慎重の上にも慎重を期して欲しい。成功を祈っているよ」
ジャクソンは一礼して出て行った。
「さて、これで問題が少しでも片付けば良いが」
メリンゲはつぶやくと、マシューズ直通のインターホンを押した。