脱出

 ナスカヤは手紙を読み終えると、改めて悲しみが込み上げてきた。
父は自分を調査団の一員に加えてくれるつもりだったのだ。
一緒に調査する事をどんなにか楽しみにしていたろうに。
そう思うと、思わず涙が出てきてしまうのだった。
ナスカヤにはまだ父の死は実感できなかった。
明日にでもひょっこり帰って来る様な気がしてならなかった。
それがはかない願望と分かっていても。
 やがて気持ちを落ち着けると、ナスカヤは家路についた。
が、家の前に数台の車が停まっているのを見つけた。
「そんな物は知りません!」
中からエリスの声が聞こえてきた。
思わずナスカヤは草むらに身を潜めた。
「困りますなぁ、奥さん」
聞いた事も無い男の声がした。
「郵便局で確認したんですよ、小包は確かにこちらに届いているはずですが」
ナスカヤは思わず自分の手にある小包を握り締めた。
「私はそんな物は見ていません」
「では娘さんの方ですかな?確か、お嬢さんがおいででしたねぇ」
「それがどうしたと言うのですか!」
エリスは精一杯の大声で言っている。
外にいるナスカヤに中の異変を知らせる為だろう。
「我々としては、手荒な真似はしたくないんですがねぇ」
男は猫なで声で続けた。
「第一、夫が私達に送った小包を私達が受取って、一体何の不都合があると言うのですか?」
「確かに、おっしゃる通りかもしれませんが、あの小包の中には他の方には知ら れるとちょっとまずい極秘事項が入っておりまして。それを知られることも、そ して外に公表されるのも、我々にとっては非常に不都合なんですよ」
「何と言われても、私は知りません!」
「仕方ありませんなぁ」
次の瞬間、ドシュッというくぐもった音がして、人が倒れる音がした。
「少佐!」
「仕方あるまい、いずれにせよ、シュラク教授同様この女も始末せねばならなかっ たのだ。さぁ探せ、この家のどこかにあるはずだ、そして娘もだ。探し出して始末 せねばならん」
 ナスカヤはショックで動く事ができなかった。
母が殺された!そして父も!この連中が殺したのだ!彼らの狙いは分かっている。
自分が持っている、この小包に違いない。
何としても逃げなくてはいけない。
ここに居れば、いずれは見つかって殺されてしまう。
幸い、キーは持ったままだったので、ゆっくりと車庫の方へ移動した。
連中は家の中を引っ掻き回している。<>車に乗り込むと、エンジンを始動すると同時に全開で飛び出した。
「居たぞ!」
後で声が聞こえた。
「何としても捕まえろ、逃がすな!」
男たちはすぐさま車に乗り込むと、ナスカヤの車を追跡し始めた。
ナスカヤは全開で飛ばしていた。
逃げる?どこへ?あては無かったが、とにかく奴らを振り切らなくては殺されてしまう。
ミラーを見ると、奴らの車が追って来ているのが分かった。
 やがて山道に入った。
くねくねと曲がる上り坂を走りつつ、ナスカヤはまだ男達が追って来ている事を確認した。
やがてナスカヤは崖の上の大きな右カーブに差し掛かった。
この崖の下には、鉄道が走っている。
とっさにナスカヤは小包を抱えると、カーブを曲がりきった所で車を飛び降りた。
車はそのまま直進して行き、男達の車もそれを追って行く。
ナスカヤは崖を何とか降りて鉄道の線路を目指し始めた。
その時凄い音がして、ナスカヤの車がガードレールを突き破って落下して行ったのが分かった。
「しまった!」
男達のリーダー格が叫んだ。
男達の車は急停車し、事故現場に群がった。
「ダレン少佐、どうしましょう?」
「当然降りて行ってネガを回収するのだ。地元警察が来る前に。娘の方はもう生きていまい。かえって手間が省けたというものだ」
男達はすぐさま崖下の捜索を開始した。
 一方、ナスカヤは線路まで辿り着いた。
丁度貨物列車が通りかかったので、その列車のコンテナに飛び乗った。
列車は比較的ゆっくり走っていたので、ロックを外すのは簡単だった。
中に入って扉を閉めると、小包を抱えてうずくまった。
「父さん、母さん」
両親を失った悲しみで、ナスカヤは泣き濡れていた。
 ダレン少佐達は必死になって捜索を続けていた。
車はあった。
しかし、中から娘も小包も発見できなかった。
「どういう事でしょう?」
「うーむ」
訊かれても、ダレンにも唸るしかない。
やがて地元警察がやって来て、事故の調査にあたった。
やはり車からは、乗っていた人間の痕跡は発見できなかった。
付近が徹底的に捜索されたが、搭乗者の行方は洋として知れなかった。
だがダレンは付近の地図を見ていて、あの付近に鉄道が通っていた事を発見した。
「あの時間に、あの付近を通過した車両が無いか調べろ!」
即座に鉄道会社に調査依頼がなされ、そして車両は特定された。
行き先は空港で、スイスに向けて輸出される品物が搭載されていた、との事だった。
「空港だ、急げ!」
ダレン達は大急ぎで空港へ行ったが、既にチューリッヒ行きの便は離陸してしまっていた。
「何と言うことだ、あれだ、あれに乗っているに違いない!」
一応、ナスカヤが途中で車両を降りた可能性もあるので、ギリシャ国内でナスカヤ の捜索が始まったが、ダレンはコンテナに乗ったまま国外へ脱出したと睨み、次の チューリッヒ行きでスイスへ向かった。
「何としても捕まえてやる」
ダレンはつぶやくと、シートをリクライニングさせてしばしの眠りについた。