旅立ち

 翌朝早くにエレは目覚めた。
リンダは既に起きていて、いろいろと必要になるであろう物を自分の鞄に詰めていた。
「おはようございます」
「あら、おはようエレ。早いのね。あの子はまだ寝てるわね。申し訳ないけど起こしてきてくれる?」
「はい」
エレはピーターの部屋に行くとピーターを揺り起こした。
しばらく寝ぼけていたピーターだったが、
「やあ、おはよう」
何とか目を覚まして顔を洗いに行った。
やがて準備もすっかり整った頃、外でクラクションの音がした。
リチャードがやって来たのである。
「じゃあピーター、しっかり護ってあげるのよ。エレ、あなたも気を付けてね」
「はい、母さん」
「どうもありがとうございました」
2人はそれぞれの鞄を持って外の車に向かった。
リチャードは既に車から降りて待っていた。
エレを見て口笛を鳴らして
「こりゃ驚いた、写真で見るよりずんと可愛いじゃないか。俺はリチャード・バーンズ。ピーターの同志だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「じゃ、行くぜ。荷物はトランクの中に入れてくれ」
2人は荷物をトランクに入れると、ピーターは助手席に、エレは後部座席に乗り込んだ。
「ちょっと窮屈だけれども、我慢してくれよな」
言うと、リチャードはエレを後部座席に横たわらせて、上にオーバーやら荷物袋やらをかけた。
「良し行くぞ、ピーター、お前は今日は俺の甥っ子になれ」
リチャードのルノーは発車した。
途中で何回か検問があったが、リチャードは顔馴染なのでそのままパスした。
ピーターは心臓バクバクものだった。
「リチャード、お前にこんな甥っ子が居たとは始めて知ったよ」
等といわれた時には特に。
ルノーはひたすら南下を続けた。
「もういいだろう」
言うと、エレは起き上がった。
「窮屈ですまなかったな。だがもう大丈夫だ。後は空港までひとっ走りだ」
「でも空港でもエレを見張ってるって」
「そりゃ本当かい?」
「うん、昨日父さんがそう言ってたって、母さんが言ってた」
「おいおい、一体何だってそこまでしてこの子を追い回すんだ?おい、ピーターお前さん が相手にしようとしているのは、ひょっとしてとんでも無い相手だぞ」
「父さんもそう言ってた。警察なんか目じゃない、何かとんでもない機関だろうって」
「あぁ、少なくとも合衆国CIAが来ている以上、ひょっとするとMI5も動いているかもしれないぜ」
「MI5?」
言われても、ピーターにはピンと来なかった。
とても日常に出てくる様な機関ではない。 少なくともピーターにとっては。
「何かとんでもない事が起こりつつあるって事だな。何だかぞくぞくしてきたぜ」
「リチャードさん、良く喜んでいられますね」
「当たり前だろ、こんなでかい話しに関われるなんて、ピーター、お前は幸せ者だぜ」
「人事だと思って」
「ばか、男なら喜ぶべきだ。人生の大きな1章になるぜ」
「分かりましたよ、もう」
何だかんだで、車は空港に近づいて来た。
「父さんだ!」
ピーターは空港へ通じる道路脇に立っている男性を見ていった。ルノーは急停車した。 デビッドは中のピーターを確認すると、身軽に後部座席に乗り込んで
「このまま真っ直ぐ行ってくれ」
と案内を始めた。
「父さん!」
「ピーター、とんでもない事に巻き込まれたらしいな、で、こちらがその渦中のお嬢さんかね?」
「あ、あの、エレ・アステシィアです、お世話になります」
「わははは、世話になってるのは倅の方だ、何せ今まで1度もガール・フレンドはできなかったからな」
「父さん!」
「いやすまんすまん、ところでこちらの方は?」
「リチャード・バーンズです、警察官です」
「おやおや、息子が世話になります。私は父親のデビッド・オコーナーです。しかし、警察官はこの子を追いかけているはずと思っていましたが?」
「まぁ、私とピーターはちょっとした同志でして」
「はぁ」
デビッドはとりあえずルノーを停車位置まで導いた。
「ここでお別れだ、ピーター、しっかりやれよ!」
「リチャードさん、ありがとうございました」
「エレもしっかりな」
「どうもありがとうございました」
リチャードはルノーに乗り込むと、去って行った。
「さぁ、こっちだ」
デビッドはピーターとエレを荷物室に導くと、あるコンテナの前で止まった。
「このコンテナはチューリッヒ行きに載せられる。この中に居れば良い」
「ありがとう、父さん」
「お前も一人前になったな、女の子を護るなんてな」
「う、うん」
「まぁ、頑張れ。エレ、君も気を付けてな」
「は、はい、ありがとうございました」
ピーターとエレがコンテナに入り込むと、デビッドは外から閉めた。
ただしロックはしなかった。
「ピーター」
「うん?」
「ありがとう、私の為に」
「いいんだよ、それにエレを1人では放って置けないよ」
エレは再び抱きつこうとしたが、前にピーターが気絶したので辛うじてそれは止めた。
やがて運搬車が来て、コンテナはチューリッヒ行きの飛行機に積み込まれた。
その飛行機のファーストクラスで、1人の男がリクライニングしながら言った。
「やれやれ、しばらくはのんびりできるな」
「旅行じゃないのよ、サットン」
「そう目くじらを立てるな、メリッサ。相手は子供2人だ。そう気をはる事もあるまい」
「それはそうだけれども」
やがてサットンは軽い鼾を立てて寝込んでしまった。
一方メリッサはリクライニングをしてクラシックを聴きながら、前に列車を襲った連中について考えていた。
あの列車は誰も知るはずの無い、特別列車だった。
にも関わらず襲われた。
ひょっとすると、この飛行機も・・
「まさかね」
メリッサはつぶやくと、クラシックに聴き入った。
やがて飛行機は加速を始めると、チューリッヒ目指して離陸した。