エレの話7

 エレは小船に乗っていた。
太陽がまぶしい位に輝いていて、小川の川面に反射してきらめいている。
エレの隣ではローガンが煙草を燻らせながら釣り糸を垂れていた。
「なかなか来んのう」
ローガンは物憂げに言った。
エレは驚いてローガンを見ていた。
死んだと聞かされていたのに。
「おじい様、今日はちっとも釣れないわね」
エレは嬉しくなって言った。
ローガンとは良くこうして釣りに出かけたものである。
「魚どももちっとは賢くなってしまったんじゃろうて」
ローガンは眠たそうに言った。
エレはそんなローガンを懐かしげに見ていた が、突然小船は揺れだした。
慌てて船縁に捕まって
「おじい様大丈夫?」
振り向いて聞いてみたが、ローガンは居なくなっていた。
「おじい様どこ?どこに行っちゃったの?」
エレは半狂乱になって叫んだ。
その間にも揺れはどんどん大きくなっていく。
「おじい様!」
叫んでエレは目を覚ました。
目の前にはメリッサが居た。
さっきから揺り起こしていた様である。
「ようやくお目覚めの様ね。何の夢を見ていたかは知らないけれど、随分うなされていたわよ」
エレは目をこすりながらようやく自分が囚われの身である事を思い出した。
「さぁ、顔を洗って食事をなさい。それが終わったら、話があるから」
言われると、食事は既に用意されていた。
エレは他に仕方も無く、言われた通りに顔を洗って食事を済ませた。
食事が終わると、黒服の男が入って来て、無言でついて来るように促した。
案内された一室には、机を挟んでサットン、メリッサ、グレンが座っていた。
エレはあてがわれた椅子に腰を降ろした。
「おはよう、お嬢さん。昨日は良く眠れたかね?」
あごひげを撫でながらサットンが聞いた。
エレはかすかに首を縦に振った。
「それは結構。何しろ、君のおじい様にあの様な悲劇があった後だ。しばらくはつらいだろうが、耐えてもらわねばならん」
言われてエレは改めてローガンが死んだ事を認識させられた。
先程見ていた夢が、現実であれば良いのに、と思った。
「あなたには酷な様だけれども、いつまでも悲しんでばかりはいられないわ。 私達としても、世界の平和の為に一生懸命なのよ。そこでどうしても、あな たの協力が必要なのよ」
「君は、古代アーン人の最後の末裔だ。ローガンが死んでしまった今となっ てはね。ローガンは君にアーン人の秘密の全てを託して、アーラウ村から逃 がそうとした、違うかね?」
エレはうつむいて黙っていた。
サットンはやれやれという表情になると、あごひげを撫でながら
「ローガンがアーン人の秘密を知っていた事は分かっている。本人がそう言っ たから間違いない。だが、もしアーン人の秘密を知っているのがローガンだけ だったら、ああも簡単に自殺を遂げてしまうだろうか?1万年もの間受け継が れてきた秘密を、そう簡単に闇に葬る事ができるだろうか?」
エレは尚も黙っていた。
「できる訳が無い!」
サットンは机をどんと叩いて叫んだ。
エレはビクッと反応した。
メリッサはとりなすように
「私達はあなたのおじい様があなたに何かを伝えている、そう思っているの。違うかしら?」
「知りません」
エレはやっと言ったが、サットンは容赦しなかった。
「じゃあ聞くが、この鍵は一体何かね?」
エレは差し出された鍵を見てハッとした。
それはローガンに絶対に手放してはいけないと渡された鍵である。
「これは一体なんの鍵かね?」
サットンは畳み掛ける様に訊いた。
エレは再びうつむいて黙りこくっていた。
「あなたの協力が必要なのよエレ。大地の詩を知っているでしょう?あの中 に出てくるもの達が我々にとって危険な物かどうか、私達は確認をしなくて はいけないのよ」
「私、何も知りません」
エレはか細い声でようやく答えた。
だがサットンの逆鱗に触れただけだった。
「嘘だ!ではどうして、ローガンは君のこの鍵を渡して君を逃がそうとしたのかね?説明したまえ!」
だがその時、出し抜けに警報ブザーが鳴った。