エレの話6

 エレはしばらく黙ったままうつむいていたが、やがてぽつりと
「おじい様が教えられなかった事を私が教えられる訳がないわ」
と言った。サットン達は顔を見合わせるとやれやれと言った表情になったが、
「今、君はおじい様の死でショックを受けている。しばらく休んでからゆっくり考えると良い」
「どの道、この列車が目的地に着くまでにはまだ時間はたっぷりあるわ」
言うと、サットン、メリッサ、グレンは部屋から出て行った。
 1人残されたエレはたった1人の肉親である祖父を喪った悲しみで泣き始めた。
エレの両親は幼い頃に交通事故で死んでしまった。
奇跡的に助かったエレにとっては、祖父であるローガンが親代わりであった。
何かと面倒を見てくれ、優しく育ててくれた。
そのローガンが死んでしまった。
いっその事自分も死んでしまおうかとも考えた。
しかしエレはローガンから言われた事を思い出した。
ローガンはエレが10歳になった時に、ある事を伝えた。
決して、他人には漏らしてはならない秘密を。
それは自分達が古代アーン人と呼ばれる者の末裔である事。
そしてミラの空間石と呼ばれる不思議な石の話。
その石を手に入れる時に必ず必要になるはずのある古い鍵。
アーラウ村の者達は全員遠い親戚であったが、これらの秘密は代々長老を務めてきたローガンの家の者だけが知る事であった。
そして、この秘密は必ず次の世代の者にも伝えなくてはいけない。
いつか、ミラの空間石が必要とされる日が来る日まで。

 しばらくすると、1人の黒服の男が食事を運んできた。
彼は無言で食器を机の上に置くと出て行った。
エレはもう随分と長い間自分が食事を摂っていない事に気が付いた。
祖父を喪った悲しみで食欲が余り湧かなかったが、体の方がそうはいかなかった。
エレは泣きながらも食事を食べ始めた。
 一方でサットン達は別室で1つの鍵を前にして問答していた。
「これは一体何の鍵なのかしら?」
「あの老いぼれがわざわざ娘に渡したからには、余程重要な物であるに違いない」
「どう見ても遥か昔に作られた物だわ」
「あの娘はこの鍵の使用方法をローガンから伝えられたに違いない」
「でも一体何の鍵なのかしら?インド沖にあった、古代シュラクネリアと呼ばれて いた遺跡には、そんな鍵に関する記述をした石板は無かったわよ」
「ひょっとしたら、そのシュラクネリアの遺跡の扉を開く為の鍵だったかもしれ ん。最も既に天上部分が完全に破壊されていて、もう扉を開ける必要は無かった みたいだがな」
「どうも分からない事があるわ」
「何だ?」
「大地の詩を覚えている?あれには6人の守護者、3人の王者というのが出てくる わ」
「それに時間の主、空間の主、創造の主だ」
「あの大地の詩はあのシュラクネリアにもあった。なのに、あそこで発見された 石板にはこれらに関する記述が1つも無かったわ。世界各地に散っていった古代 アーン人達の習慣、風俗、人口等まで事細かく記録されていたのに。」
「そう言えばそうだな」
「あの大地の詩は他のアーン人の遺跡からも必ず発見された。ローガンの家にも あった。それなのに、その内容に関連した他の記録が全く無いというのは、どう 考えてもおかしいわ」
「意図的に隠された、とでも言うのか?」
「そう考えなくては、説明がつかないわ。あの大地の詩には、私達の知らない何 か秘密が隠されているんだわ」
「例えば、あのローガンが6人の守護者の1人だった、とでもいうのかね?」
「ありえる事だわ」
「となると、ますますあの娘は重要になってきた訳だな」
「何としてもこの鍵の秘密を聞き出す必要があるわ。そしてあの大地の詩についても」
 エレは食事を食べ終わった。
今度は生理的欲求が生じてきた。
止むを得ず扉を開けてみると、意外にも鍵はかかっていなかった。
その代わりに黒服の男が2人扉を挟んで立っていた。
片方の男が黙って右奥の方を指した。
トイレから戻って来ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
ベッドに倒れこむと、エレは泥の様に眠り込んだ。