マッコイ書店にて

 その日のグラスゴーは灰色の雲が重く垂れ込めており、今にも雨の降り出しそうな天気だった。
通りは薄暗く、人影もまばらである。
とある街角に、年代物の看板を架けたレンガ造りの本屋があった。
中では、1台のテレビが若者達が反戦デモを繰り広げている光景を映していた。
「全く」
としわがれた老人の声がした。
「最近の大人どもと来た日にはどうなっとるんじゃあ?若者たちの方がまだ何ぼかましじゃて」
ぼやきつつ、本屋の主人マッコイじいさんは禿げ上がった頭を掻いた。
もうこの本屋を初めて何十年にもなる。
マッコイじいさんが若者だった頃に始めた本屋だ。
当時のマッコイじいさんは本気違いの若者だった。
「声が大きいですよ、おじいさん。もう少し静かに話して下さいな」
マギーばあさんが嗜めた。
「これが怒らずにおられようか、ばあさん!」
じいさんは机をだんと叩いて言った。
「どう考えても、今度の戦争は間違っとる。正義も道義も一かけらもないんじゃあ。そんな滅茶苦茶な戦争に、何でわしらの大切な若者達を送り込まなきゃならんのじゃ あ。わしゃ納得できん。絶対にできんぞ!アシュレーの野郎は狂っとるわい」
「はいはい、もう何度も聞きましたよ、おじいさん」
「そうかと言って、リットンの方も肝が座っちょらん。全く、今のイギリスにはチャ ーチルの様な男はおらんのかのぅ」
 と、その時突然ドアが開けられ、ベルがリンリンと鳴った。
じいさんがドアに眼をやると、細身の背の高い巡査が立っていた。
この辺りが持ち場のリチャード巡査だ。
「ふぅーい、今日はやけに冷えるなぁ」
言ってリチャード巡査は入って来た。
「何じゃあ、こんな時間に。仕事はさぼりかいの?」
「まぁまぁ、巡回中って言ってくれよ。それよりニュースを見たかい?」
「今やっとるよ」
「そうじゃなくて、シュラク教授の事さ」
「あぁ、最近亡くなったそうじゃの」
「全く酷い話さ。グレアム教授とどちらが上か、と言われた考古学者が、強盗なんかに襲われて死亡するなんて。考古学会にとっては大損失だよ。」
「まぁ、残念だが仕方ないの、亡くなってしまったのでは。優れた学者じゃったが」
「時にそのグレアム教授の方だが、例の本はもう入っているかい?」
「例の本?あぁ、そうじゃった」
マッコイじいさんはどっこらしょと立ち上がると
「えーと、あれはどこへしまっておいたかのぅ」
「カウンターの左下に置いてありますよ」
「ほいそうじゃった」
じいさんは言ってカウンターの下から1冊の本を取り出した。その本にはこう書かれてあった。
”世界の遺跡について カール・グレアム著”。
「これこれ」
リチャード巡査は目を細めて本を受取った。代金を払ってから
「グレアム教授は毎回驚異的な発見をするからなぁ。今回はどんな発見があったのか、楽しみだよ」
ためつすがめつ本を眺めていた。
「まあの。シュラク教授が亡くなって、これからグレアム教授も大変じゃ」
「全くだね。2人して競争しているみたいだったもんな」
「グレアム教授も残念がっとったが。好敵手がいなくなってしまったからのぅ」
「これからはグレアム教授の負担が増す事だろうね。2人分の仕事をこなさなけりゃならないからね」
その時テレビが別のニュースを流し始めた。
近くの森に2人乗りの小型ジェット機が墜落し、1人は助かったが、もう1人は行方不明だと言うことだ。
「やれやれ、物騒な世の中じゃわい」
「今日は徹夜になるのかなぁ」
リチャード巡査が言った瞬間、ドアが空けられ、ベルがけたたましい音を立てて来客を告げた。
3人が見ると、入口には1人の少年が立っていた。
見かけは中学生の様である。
赤いもじゃもじゃの髪に、黒ぶち眼鏡が印象的だった。
「おやおや、いらっしゃい」
マッコイじいさんが言った。
「ぼうや、こんな時間にどうしてこんな所にいるんだい?学校はどうしたね?」
リチャード巡査は尋ねた。
「人の事を言えた義理かい」
マッコイじいさんが小声で突っ込んだが、リチャード巡査は聞き流した。
「あのう、そのう、学校は今日は休みなんです」
少年はどもりながら言った。
「中学校は今日は休みではないよ?」
指摘されて、少年は固まってしまった。
「うわっはっは、こりゃ1本取られたのう坊主」
マッコイじいさんは楽しんでいる様だった。
少年はますます縮こまってしまった。
「あのう、今日は特別な日なんです」
「ほう、何の日だね?」
少年は縮こまっていたが、リチャード巡査が手にしている本を見た瞬間に顔が輝いた。
「それ、その本が出る日なんです!」
「ほう、坊やは巡査のお仲間かい」
言われてリチャード巡査の顔は和らいだ。
「うーん、そう言われては無下にも追い返す訳にはいかないな」
言って、巡査は少年に握手を求めた。
「リチャード・バーンズだ」
少年は巡査の手をおずおずと握り返して答えた。
「ピーター・オコーナーです」
「わしはマッコイ・クロフトじゃ。ばあさんの方はマギー・クロフトじゃ」
じいさんも自己紹介して少年に握手した。少年はやっぱりおずおずと握り返した。
「それでは、マッコイじいさん。私の新しいお仲間にもその本を与えてやっては頂けませんかね」
「うむうむ、よろしい、ちょっと待っていなさい」
じいさんはごそごそとカウンターの下をいじると、もう一冊”世界の遺跡について”を取り出した。
「では少年よ、汝にこの本を与えよう」
「ありがとうございます!」
少年は代金を払うと、本を受取った。
その顔は喜びにあふれていると言っても過言ではなかった。
丁度その時、テレビが行方不明となっている者の写真を写していた。
まだ少女だった。
黒髪で、美人と言えるだろう。
ピーターはテレビのその顔に見入ってしまった。
「さぁ、もう行った。そして、今後は学校をさぼってはいけないよ!」
少年は我に返った。
「はい!」
「リチャード、あんたもそろそろ仕事に戻らないとやばいんじゃないかね?」
「はいはい、じいさんには敵わない」
ピーターとリチャードは出て行った。
「世の中にああいう連中が増えれば、少しはましになろうというものじゃ・・」
じいさんはつぶやきつつ、テレビの方へ戻って行った。